義母からスマホにメッセージが届いたのは、実家で授乳に追われていた午後だった。「いない間に決めて申し訳ないんだけど、家を売ることになったから」。一瞬、何を言われているのか理解できなかった。里帰り中に、家を、売る?「冗談ですよね」と返すと、「本気よ。名義は私。同居に拒否権なんてないでしょ」と即座に返ってきた。夫の達也に電話すると、彼はすでに承知していた。「母さん一人じゃ決められないだろう。お前は…

里帰り先の実家で、子守に追われる日々を送っていたある日、スマホに義母からメッセージが届いた。 「みさちゃん、もう実家に着いたわよね。いない間に決めて申し訳ないんだけど、家を売ることになったから。」 一瞬、何を言われているのか分からなかった。 「え、売るって何言ってるんですか? 冗談ですよね。」 「冗談じゃないわよ。本気よ。それにこの家の名義は今は私。同居に拒否権なんてないでしょ。」 「それはそうですけど……でも私、何も準備してませんよ。それに子供も生まれますし、引っ越しや片付けの手伝いはできないと思いますが。」 「あなたの荷物なんていらないものばっかりでしょ。全部処分するとかできないの?」 義母の口調は、最初からこちらを対等に見ていないのが分かるものだった。荷物を全部燃やせとか、ゴミ捨て代もかかるとか、そんなことばかり言い立てる。 「そもそも何で全部捨てるって発想になるんですか?」 「何? 母の言うことに逆らうの? 同居させてもらってる分際で随分生意気になったわね。」 「こっちは里帰り中にいきなり家売るって言われてるんですよ。私がいない間に決めるなんて、あなたに聞く必要はないからいつ決めてもいいじゃない。」 「嫁のくせに対等に扱ってもらおうなんておこがましいわね。」 呆れて何も言えなかった。これはもう会話じゃない。一方的な通告だ。 数時間後、夫の達也から連絡が来た。 「さ、母さんから聞いたよな。家を売る話。荷物とかどうしても捨てて欲しくないのだけ後で教えてくれ。それ以外は処分するから。」 「え? 達也も知ってたの?」 「そりゃ母さん一人じゃ決められないだろう。」 「いや、なんで私に何も言わなかったの? 荷物だって言ってくれたらまとめておいたし。」 「言っても反対するだろう。だから先に決めたんだよ。」 「こっちは出産を控えてるのよ。なんでこのタイミングで?」 「家もボロいし、広い方が子供のためだろう。」 「それはそうかもだけど……本当はもう少し早く家を売るつもりだったんだよ。でも、ほら、妊娠しただろう。妊娠初期はストレスかけたらダメだって母さんも配慮してくれたんだ。感謝しろよ。」 「あなたが私に配慮したことなんてないでしょ。自分の行動よく思い返しなさいよ。確かに妊娠初期もすごくデリケートだけど、生まれてからも大変だし、赤ちゃんだって外に出られないのよ。新しい環境に慣れない中で子育てなんて。」 「それはお前の努力不足だろ。それに新しい環境がとか言い訳してるけど、子供が生まれた時点で環境は変わるんだし。」 「なんで生んでもないあなたがそれを言うのよ。」 「事実を言ってるだけだろ。とにかくお前は俺たちの決めたことに従ってればいいんだよ。それにもし何かあってもお前の実家がついてるし。」 頭に血が上るのを感じながらも、私は言葉を飲み込んだ。いくら言っても無駄だと分かってしまったからだ。 「考えてるから広い家にしたんだろう。とにかく家を売るのは決定事項だ。お前はお産もあるんだし、そっちに集中しろよな。」 「それはそうなんだけど……なんかむかつくわね。誰のせいで悩みが増えたと思ってるのよ。」 一週間後、私は無事に娘を出産した。義母から「おめでとう」の一言はあったものの、すぐに本題に入ってきた。 「そんな時なんだけど、ちょっと報告があるのよ。あんたの里帰り中に家を売りに出して、引っ越したわ。」 「え? え? じゃないわよ。なんでそんなに驚いてるの? 事前に売るって言っておいたわよね。」 「いや、聞いてましたけど……このタイミングで本当に売ったんですか?」 「売ったわよ。てっきり私が帰ってきた後の話かと……」 「そんなことしたらあなた絶対反対するし。生まれてすぐの孫がいるのに、揉め事なんて立てちゃダメでしょ。」 「なんでそういうところは常識的なんですか?」 「でもね、前の家は三千万円で売れたのよ。すごいでしょ。」 「あ、あの家が三千万……」 「これでローンも少しは返せるわ。ああ、それとあなたの荷物ね。捨てようと思ったんだけど、処分費用がもったいないし。あなたの荷物、思ったより少なかったから、新居に運んでおいてあげたわ。感謝してよね。」 「そこは感謝しますが、感謝よりも驚きの感情が強すぎてですね……。というか、新しい家ってどこに建てたんですか?」 「ああ、教えてなかったわね。それなんだけど、ローンを払うなら新住所教えてあげるわよ。」 「へ? ローンって? それは何の家のローンに決まってるでしょう? 月十万円払えるわよね。あなた稼いでるんだから当然でしょ。」 「そりゃそれなりには働いてますけど。」 「同居人なんだし、あなたは住まわせてもらってる立場なんだから。払うのは当然。まさかお金も払わずに住むつもり?」 … Read more

15 September 2026

母さんの部屋が荒らされたと連絡が来たのは、俺が仕事中だった。どうせ大げさに言ってるだけだろと思って電話に出ると、「緊急事態よ。泥棒が入って、服もアクセサリーも、お父さんの片身の指輪も消えた」と母さんが言った。俺は思わず笑いそうになった。その指輪は、俺とミカが売ったからだ。「ミカがブランドのバッグ欲しがっててさ、金もねえし、母さんの部屋のもの売って買えばってな」と言うと、母さんは「思い出の指輪…

母さんの職場に電話をかけたのは、たしかに俺の方からだった。でも、かかってきた通知はうるさいし、仕事中に連絡してくるなよと思ったのは事実だ。 「緊急事態だから電話したの。し太、すぐに帰ってきなさい」 「はあ? 緊急事態ってなんだよ」 「泥棒よ。私の部屋が荒らされてて、服もアクセサリーも持ってかれたの。あの人の片身の指輪も」 「親父の片身の指輪か」 「え? どういうこと? し太、あなた何か知ってるの?」 「ミカがブランド物のバッグ欲しがっててさ。金もねえし、母さんの部屋のものを売って買えばってな」 「嘘でしょ……じゃあ、あの指輪はミカさんがもう質屋で売って、ブランドバッグになったっていうの?」 「そういうこった。母さんがパートに行ってる間にな」 「本当に最低よ。あれは私とお父さんの思い出の指輪だったのよ」 「思い出で飯が食えるか。むしろ感謝してほしいわ。断捨離だろ。古臭いゴミを持っててもしょうがないし、部屋も片付いて嫁も喜ぶ。SDGsってやつだな」 「あなたって子はどこまで……これは窃盗犯罪よ」 「はいはい。そうですね。俺が警察に行けば捕まるの? 行く気もないくせに何言ってんだか」 「あなたはお父さんの遺体に言ってたわよ。これからはお父さんの分も自分がし太を見守るって」 「確かに言ったな。見守ってる息子が警察のお世話になるとか。母さんの不甲斐なさに親父もあの世で泣くわ」 「だとしても盗みはないでしょ。普段から事を言うしか脳がないんだから黙ってなさいよ」 「事を言うだけのババアに支えられてるのは誰だ? 俺たちの借金含めて毎月五十万払ってるのは俺だぞ」 「そうね。ご苦労さん」 「ご苦労さんって、あなたたちのせいで払ってるのよ。あなたたちが泣きつくから仕方なく払ってるの。これが支えてもらってる側のすること?」 「LINEでもうるさいババアだな。借金返済ももう来月で終わりだろ。ならもういいじゃん」 「そういう問題じゃないでしょ」 「そんなに嫌なら家から出てけばいいだろ」 「この家は私とお父さんの家よ」 「親父はもういないし、母さんももう六十手前だろ。すぐに俺のものになるんだから、俺の家だよ。借金返済が終わったらもう用済みだしな」 「もういいわ。話にならない」 「あ、出てってくれるの? 助かる」 「少しの間、親戚の家にでも泊まります。今あなたたちと顔を合わせたら手が出そうですからね」 「ババアのへなちょこパンチとか怖くねえよ。ま、その間は広々使わせてもらうわ」 「二度と帰ってこなくてもいいからね」 数日後、母さんが親戚の家に行ったあと、俺とミカは少しだけ反省した。流石に親父の遺品を売ったのはやりすぎだったかもしれない。そう思って、俺は母さんに電話をかけた。 「母さん、この間はごめん」 「は? し太が私に謝罪? 何に? 明日は空から槍でも降ってくるの?」 「勘繰るなよ。母さんが親戚の家に行ってから、俺たちも反省したんだ。ミカもさすがに親父の遺品を売ったのはやりすぎだったって言っててさ。母さんが怒ったのも無理ないと思う」 「それで、謝って終わりにする気? お父さんの遺品はもう帰ってこないのよ」 「分かってる。けど、このままってのも後味悪いだろ」 「後味の悪さが分かるの? そこまで立派には見えないけどね」 「そういうトゲトゲした態度やめろよ。こっちが歩み寄ろうとしてるんだから」 「随分と上からなお言葉ありがとう。それが反省してる人の態度なの?」 「悪かったよ。だから罪滅ぼしをさせてほしい」 「罪滅ぼし?」 「母さんの将来のことを、ミカと真剣に話し合ったんだ。母さん、もうそろそろ限界だろ。還暦間近なのにパートして家のことも全部やって、無駄に広い家の世話までしてる。しんどいんじゃないか」 「あなたたちが老費を一切出さないし、家事も全く手伝ってくれないからね」 「でさ、母さん、施設に入ったらいいんじゃないか」 「は? … Read more

15 September 2026

「ねえ、たかや、今どこにいるの?止まるはずだったホテルの近くに来てるんだけど、受付で名前を伝えても泊まってないって言われたんだけど」 「ああ、ごめん。それなんだけどさ、今日の結婚式だけど、親と温泉にリスケしようと思って」 「ちょっと待ってよ。今日が結婚式なんだよ?」 「いや、母さんが急に温泉行きたいって言い出してさ。せっかくだから親孝行しとこうと思って」…

「ねえ、たかや、今どこにいるの?止まるはずだったホテルの近くに来てるんだけど、受付で名前を伝えても泊まってないって言われたんだけど」 「ああ、ごめん。それなんだけどさ、今日の結婚式だけど、親と温泉にリスケしようと思って」 「ちょっと待ってよ。今日が結婚式なんだよ?」 「いや、母さんが急に温泉行きたいって言い出してさ。せっかくだから親孝行しとこうと思って」 「せっかくって意味わかんないんだけど。仕事で一緒の便に乗れないからって私が先に来たのに、あなたまだこっちに来てないの?」 「来てない」 「信じられない。騙したってこと?」 「騙してないってば。ただリスケしようってだけだって」 「リスケっていつよ?来月とかでいいんじゃね?適当に調整しといてよ」 「ふざけんじゃないわよ。そんな簡単にできるわけないじゃない。たかや、お願いだから今からでも来て。今ならまだなんとかなるかもしれないし」 「え、無理、無理。もう温泉入っちゃったし。個室に露天風呂がついてるんだぜ、すげえよなあ」 「そんな自慢聞いてないんだけど。何そんなに怒ってんの?落ち着けって。リスケなんて会議とか面会とかいろんな場面であるだろう。それと結婚式を一緒にしないでくれない?」 「なら明日の便で必ず来て」 「明日?明日も観光する予定だし無理だって。てか、お前しつこくね?」 「しつこいって。これ私たちの結婚式なんだけど」 「だから来月やればいいじゃん。なんでそんなに切れてんの?俺の知り合いだって結婚式がリスケになったことあったって言ってたし。母さんも昔はドタキャンなんてよくあったって。昔と違って今の人は我慢が足りないとか言われるけど、こういう時に焦るのは良くないぞ」 「ふざけないでよ。なんなの?とにかく来てよ」 「無理」 「じゃあ温泉楽しんでくるわ」 「待って。それならせめてみんなにちゃんと説明して。ゲストはこっちに来てくれてるのよ」 「ああ、そっか。まあ、なら体調不良とかって言っとけばいいんじゃね?」 「体調不良?あなた今温泉にいるんだよね」 「細かいことはいいんだよ。どうせみんな納得するだろう」 「私たちの結婚式なのにあなたはそんな適当でいいの?」 「お前は真面目すぎ。もっと柔軟に考えろよ。式なんていつやっても同じだし」 「ふざけないでよ。嫌なら結婚の話もなしにしてもいいんだぞ。けどそうなって困るのお前じゃん」 「なんですって?」 「俺の家庭は裕福だから、最悪金目当ての女なんていくらでもいるんだぞ。でもお前は一般家庭だし、そこまで自分で稼いでるわけじゃないよな」 「それは…」 「てかさ、海外挙式ってやっぱ無駄だよ。今思ったけどさ、こんな金かけるなら国内で安く済ませればよかったわ」 「無駄?豪華な海外挙式にしたいって言ったのはそっちじゃなかった?」 「ああ、それ母さんが言ってたんだよね。母さんが海外挙式なら見栄えがいいって言うからさ。でもやっぱ金の無駄だわ。母さんも国内がいいって」 「お母さんが言ったから」 「そうだよ。母さんの意見だし。まあ来月は国内で安く済ませようぜ。その方が現実的だし」 「ねえ、待ってよ。初耳だわ。金の無駄って、お前のことそんなに気にしてたの?」 「そりゃそうだろう。お互いの親に支援してもらってるさ」 「もらっておいてドタキャンするって頭おかしくない?」 「ドタキャンじゃなくてリスケだってば。全然意味違うだろ」 「とにかく式は延期だ。変な勘違い起こすなよ。全く」 三十分後。 「みわ、大丈夫?たかや本当に来なかったんだね」 「うん。信じられない」 「でもこれで確信が持てたでしょ」 「そうだね。ありがとう。あら、予定通りお願いできる?」 「大丈夫だよ。それより無理してない?」 「無理はしてるかな?これから色々あるし。あいつからまたLINE来てるからちょっと話してくる」 「無理しないでね。何かあったらすぐ言ってよ。私はあなたの味方なんだから」 同時刻。 「そう。あのさ、大事な話するの忘れてたわ」 「大事な話?」 「そうね。しないといけない話はたくさんあるわ」 「分かってるじゃん。やっぱりちゃんと話さないとな。来月の式のこと」 「はい」 「来月どこでやろうかとかはまた決めるだろう。今度はちゃんと俺の意見も聞けよ」 「あのさ、結婚式なんてすぐできるものじゃないんだけど。ていうかなんでまだ結婚式できると思ってるの?」 … Read more

15 September 2026

母がカップ麺を一口食べた瞬間、婚約者の家族が凍りついた。「貧乏人にはお似合いだ」——その言葉が、私たちの人生を根底からひっくり返した。相手の家は名家で、学歴と血筋しか見ていない人たちだった。私は中卒で、夫を亡くしてから必死に息子を育ててきた。息子は有名大学を出て大手企業に勤めている。なのに、向こうの母親は顔合わせのレストランで、私にだけカップ麺を出してきた。「あんたが邪魔だから。二度と近づか…

「母さん、俺、ナミと結婚することになったんだ」 「え、そうなの?」 「ああ、昨日プロポーズしたんだ。ナミも受け入れてくれて、婚約したよ」 「へえ、そうなんだ。あなたが結婚するなんてね。なんだか変な感じよ。私の中じゃ、ついこの間までランドセルを背負ってたんだから」 「さすがにそれはないって。俺に思い出がないみたいじゃん」 「そんなことないわよ。でも、それだけあっという間だったってこと」 「まあ、本当に怒涛の日々だったからな」 「そうね。お父さんもきっと天国で喜んでくれてるわ」 「そうだといいんだけど」 「絶対にそうよ。あの人は息子の幸せを自分のことのように喜べる人だったから」 「その感じが目に浮かぶよ。それで、両家顔合わせとかしないといけないから」 「そうね。ちゃんとした洋服を買っておかないと」 「母さん、そういうの山ほど持ってるだろ」 「だめよ。あなたに恥をかかせないように、しっかりした服を着ないとね」 「それで、ちょっとお願いがあるんだけど」 「何?」 「母さんの仕事の話はなしにしてもらっていい? 聞かれても、適当にごまかしておいてくれよ。やっぱり、俺の仕事が知られるのは嫌なんだ」 「ごめんな。俺のしょうもないプライドのために」 「いいえ、そんなことないわ。あなたが私のせいで辛い思いをしたことは知ってるから」 「母さんが悪いわけじゃないんだよ」 「私のことは、ナミさんも知らないのよね」 「ああ、まだ言ってない。でも、言おうとは思ってる」 「そうね。奥さんになるんだから、ちゃんと話をしたほうがいいわ」 「それともう一つ、話しておきたいことがあるんだ」 「何?」 「向こうの家族って、ナミしか子供がいないんだって。うちと一緒だな。でも、なんか血筋とかそういうのを気にしてるみたいで、結婚するなら養子縁組にならないとダメなんだ」 「ああ、そういうこと」 「これはまだ正式に向こうの両親から言われたわけじゃない。でもナミはそういう話を聞かされてたんだって。だから、多分、養子縁組になるかどうかは聞かれると思う。母さん的に、それはどうかな?」 「私はそんなの全然気にしてないわよ。苗字がどうなろうと、あなたはあなたで、私の大事な息子よ。それが変わらないのなら、他は別にどうでもいいわ。それよりも、あなたが幸せになれないほうが嫌よ。だから、あなたがナミさんと一緒になれるのなら、養子縁組でも何でも気にしないから」 「本当?」 「ええ。だから、そこは気にしないでいいからね」 「ありがとう。息子らしいことは何一つできなかったけど」 「あら、もう息子をやめるつもりなの? それは困ったわね」 「違うって。後継ぎとか、そういうことだよ」 「そんなこと、あなたが考えることじゃありません。私のことなんて気にせずに、幸せになってちょうだい。それが私の一番の望みだから」 「ありがとう。本当に、母さんの息子でよかったよ」 「今度、ナミさんも連れてきて、一緒にご飯を食べましょう」 「ああ、必ず連れてくるよ」 二週間後。 「初めまして。ナミの母の日高ミホです」 「どうも初めまして。ヨシの母の立花トコです」 「いきなりの連絡、ごめんなさいね」 「いえいえ、全然気にしないでください。ヨシから私に話があると聞きましたけど、何でしょうか?」 「いいえ。まずは、養子縁組を受け入れてくれたことへの感謝をお伝えしたくて」 「ああ、そのことですか。お気遣いありがとうございます。ただ、こちらとしては全く問題ありませんでしたので、わざわざ御礼なんて、良かったんですよ」 「ごめんなさいね。うちって、それなりに名家で、この血筋を絶やすことはよくないって、口酸っぱく姑から言われてたんですよ」 「そうだったんですね。でも、本当にヨシさんって素晴らしい人ですよね。有名大学に進学して、今は大手企業の営業マンですから。こんな素晴らしい人が、養子に入ってきてくれるなんて、本当に嬉しいことなんですよ」 「ありがとうございます。少し頭でっかちなところがありますけど、性格は優しい子なので」 「そういえば、ナミさんも同じ大学を卒業されてるんですよね。二人は大学のゼミで知り合って、仲良くなったと言ってましたよ」 「そう、そう。うちの家系って、みんな名門出身者ばかりなんですよ。私も関西の方の大学を卒業して…」 「ええ、立派な方たちばかりで。ナミにもその辺は厳しく言って、しっかりと勉強させたので、無事に有名大学に進学してくれてよかったですよ。少しだけ肩の荷が降りた感じがしてたんです」 「色々と重圧があるんですね」 「そうなんです。あとは結婚だなって思ってたんですけど、まさかあんな素晴らしい人を連れてきてくれるなんて、もう本当に嬉しかったんですよ」 … Read more

15 September 2026

「お母さん、今度の正月のことなんですけど」——その一言から、私の正月は地獄みたいになった。十二月の終わり、いつも通り夫の実家に電話を入れただけだった。なのに義母は「けど何?まだ優香さんのターンでしょ」と畳みかけてきて、会話はキャッチボールだの何だの、まるで尋問だった。私はもう臨月で体調も優れず、「正月の集まりには参加できません」と伝えると、「断る立場なのにLINEで終わり?失礼だと思わないの…

「お母さん、今度の正月のことなんですけど」 「けど何?まだ優香さんのターンでしょ」 「ターン?」 「会話ってキャッチボールなのよ。お互いに言葉を投げ合うものなの」 「いや、分かりますけど……」 「けどじゃ何が言いたいか分からないでしょう。言葉が続くんでしょ。あなたの言葉をもらったら私も返すわ。はい、どうぞ」 「え、あ、はい。その、私もう月ですし、体調が優れないことも多いんですよ」 「はい。それで?」 「だから、ちょっと顔を出せないかもなって」 「ちょっとって何分?数分だけ顔を出せないってこと?一時間くらい待ったら顔出すの?」 「あ、いや、そういうことじゃなくてですね……」 「物事ははっきり伝えなさい。曖昧な言葉じゃ何が言いたいのか分かりません」 「……月でしんどいので、正月の集まりには参加できません」 「あのね、それってLINEで言うこと?そういうのは直接顔を見ながら言うべきでしょ」 「ですから、体調が優れなくてですね」 「そういう言い訳は要りません。断る立場なのにLINEで終わり。それって失礼だと思わないの?」 「前々から思ってましたけど、お母さんって話が通じない性格してますよね」 「何?私に文句でもあるの?」 「あ、いや、こっちの話です」 「うちに来るの?来ないの?」 「じゃあ、明日にでも一度そちらに顔を出させていただきます」 「来れるの?」 「断るなら直接なんでしょ。明日来れるなら正月も来れるでしょ」 「お母さんが言い出したことじゃないですか」 「あと私のところにだけ来ても駄目よ。正月は親戚も集まるんだから、私やお父さんも含めて三十人もいるの。全員に直接断りを入れて来なさい」 「無理ですって」 「だったらちゃんと出席しなさい。優香さんは高志と結婚して一年目の新妻なのよ。他の方に迷惑をかけるなんて許されないわ」 「はあ……」 「あと、うちの集まりでは嫁がおせちを作るのが伝統よ。三十人分のおせちはあなたが作るんだからね」 「聞いてませんけど」 「今言いました。当日はうちの台所を使っていいから、よろしくね」 その夜、高志が仕事から帰ってきた。 「優香、今日母さんに連絡入れたんだろ。どうだった?」 「駄目。全然駄目」 「ああ、お疲れ」 「お疲れさま。ねえ、お母さんってあんな感じだったっけ?話が通じないっていうか」 「母さんのお得意の言葉がかりだな。俺もあのモードの母さんの相手は苦手だよ」 「言葉がかりっていうか、魔女裁判。私が行く前提で話してるじゃん。こっちの話を聞く気なんて最初からないじゃん」 「分かる。結局正月は行かないと駄目みたいだ」 「無理しなくていいぞ。俺から断っとこうか。最近体調が悪いことも多いんだろ」 「いいよ、大丈夫」 「本当か?俺は正月の集まりとか行かなくてもいいけど」 「大丈夫だって。それに、高志とお母さんが話したらまた喧嘩するでしょ」 「そこはほら、頑張るというか」 「それ絶対するやつじゃん。私、ああいうの苦手なんだよね」 「俺は別に……」 「それにさ、お母さんは大事にしないと。高島で私みたいになって欲しくないし」 「優香、お母さんのことまだ気にしてるのか?」 「そりゃしてるよ。だから高志は私みたいになったら駄目」 「そうだな。気を使ってくれてありがとう」 「いえいえ、それほどでもあります」 「はいはい、調子のいい奴だな。てか、本当にしんどかったら遠慮なく言えよ」 「はーい。じゃあ当日はさくっとおせち作っちゃいますか」 「俺はその日朝から上司の家に挨拶に行くからな。昼頃には戻るけど、何かあったら連絡してくれ」 「そんな心配しなくても大丈夫。おせち作った後はゆっくりできるでしょうし、親戚の目があるんだからお母さんも大人しいでしょ」 … Read more

15 September 2026

年末の親戚の集まりで、義母が高級寿司を用意してくれた。でも、私の席だけ何もなかった。名前の札はちゃんとあるのに、目の前は空っぽ。「お母さん、どうして私のお寿司だけないんですか?」そう聞いた私に、義母は涼しい顔で言った。「嫁は他人でしょ。血が繋がってないもの」。私は「私も家族の一員では」と返した。すると「あんたが笑わせないでよ。結婚したからって家族になるわけ?」と。私は「じゃあ今日から完全に他…

「お母さん、どうして私のお寿司だけないんですか?私の席って札まで作っておいて、何もないところに座らせるなんて」 年末の親戚の集まり。義母が高級寿司を用意してくれたのはいいけれど、私の席だけは空っぽだった。名前の書かれた小さな札が、私の席を指し示している。 「嫁は他人でしょ。血が繋がってないもの」 義母は涼しい顔で言った。 「私も家族の一員では」 「あんたが笑わせないでよ。結婚したからって家族になるわけ?あんたは最初から他人よ。この家に来ただけの他人」 「それならお母さんもそうでは」 「何よ、あんた。私のことを何か言うつもり?」 「そういうつもりではなくて」 「いい加減にしなさい。あんたは他人なの。分かった?」 「はい、分かりました。じゃあ今日から完全に他人でいきます。お母さんもそれを希望のようですし」 「あら、それでいいわよ。むしろ清々するわね。嫁なんて所詮他人だもの」 「了解しました。他人ということは、お正月のお手伝いも不要ですよね」 「え、じゃあ、それは来なさいよ」 「でも他人ですよね。他人にお手伝い頼むんですか?」 「ふざけないで」 「時給払ってもらえますか?他人なので」 「ふざけないでって言ってるのよ。いい加減にしなさい」 「他人を希望したのはお母さんです。じゃあ、お先に失礼しますね。他人の私が長居しても悪いので」 私は立ち上がり、その場を後にした。義母の顔が真っ赤に染まっていたのは、想像に難くない。 その夜、夫の健太が電話をかけてきた。 「今から帰るわ」 「ちょっと待てよ。まだ集まってる最中だろ。何があったんだよ」 「お母さんに聞いて。面白い話してくれると思うよ」 「寿司の件かよ」 「あら、知ってたの?それもそうよね。だってあなたは私の隣の席だったもの。私のところにだけお寿司がないのに、何も言わずに親戚と酒飲んでふざけてたわけ?」 「いや、あれはあまりだし、俺も話とかしないとだな」 「それで何も用意されてない嫁をほったらかしってわけ。ふざけんじゃないわよ」 「とにかくお前も変な意地を張るなよ。母さんに謝れば済む話だし、大人になれって」 「謝る?何を?寿司を用意されなかったのは私だけど」 「お前も気づかなかっただろう?」 「私が寿司なかったのに」 「俺の立場も考えてくれって」 「あなたの立場ね。私の立場は寿司なしで座ってろって?みんなが楽しくお酒とお寿司を食べてる中、私には空気を食べろってこと?」 「いや、そういうわけじゃ」 「じゃあどういうわけ?説明してよ」 沈黙。彼は何も答えられなかった。 「できないわよね。だから帰るの。居場所もないのにあんな場所にいたくない」 「マジで帰るのかよ。困るんだけど」 「私は別に困らないわ」 「ちょ、待てって。嫁は他人って言ったのはお母さんだからね。攻める相手が違うんじゃない?」 私は電話を切った。 一時間後、私は幼い頃からお世話になっているり子さんの家にいた。り子さんは私の実家で長年働いてきた家政婦で、今も家族のように私を支えてくれている。 「り子さん、聞いてよ。今日さ、親戚の集まりだったんだけど、お母さんに寿司を用意されなくて、嫁は他人って言われたの。本当に頭に来たわ。夫も見てみぬふりだし」 「まあ、それはひどいですね。大勢の場でそのようなことを言われるなんて」 「でも言い返してやったわ。ちょっとむかついたから。他人ならお手伝いしません。時給くださいって」 「それは素晴らしいですね。向こうから仕掛けてきたのですから、多少の言い返しはおあいこでしょう」 「お母さん、顔真っ赤にしてた」 「こういうことがあるから集まりとか嫌なのよね。お母さんが私のこと嫌ってるの知ってるし」 「お嬢様、失礼ですが、こういったことは今までにもあったのですか?」 「うん。まあね。結婚してからずっと色々言われてきたよ。料理にケチつけられたり、掃除が雑だって怒られたり。何やっても文句言われるの」 「それはひどいですね。健太様にはご相談はされたのですか?」 「したよ。でも健太も母さんと仲良くやれって言うだけで守ってくれないの。私がなんとかしてって頼んでも、俺を板挟みにするなって逆に怒られるし」 「それでも我慢されてきたのですね」 「そうだね。波風立てたくなかったから。それに、嫁問題なんてどこもそうだしって考えて、ずるずる来ちゃった。でも今回ので目が覚めたかも」 … Read more

15 September 2026

式が終わって三日も経たないうちに、私は親友の愛に連絡を入れていた。気が引けたけれど、それ以上に不安が勝ったのだ。「あい、お願いがあるの。夫の調査をしてほしいの」。結婚式の間中、彼はずっとスマホを気にしていた。上の空で、私と目を合わせようともしなかった。翌日には新婚旅行を待てと言われ、理由を聞けば「いつでもいいだろ」と怒鳴られた。そして今日、彼は帰ってこない。交際中は何もなかった。ただ、実家と…

結婚式が終わって三日も経たないうちに、私は親友の愛に連絡を入れていた。気が引けたけれど、それ以上に不安が勝ったのだ。 「あい、お願いがあるの。夫の調査をしてほしいの」 「え、新婚早々に何があったの?」 「結婚式の間中、周辺がおかしかったの。ずっとスマホを気にしてたし、上の空で私と目を合わせようともしなかった」 愛は考え込むように言った。「確かに式の時、なんか変だったよね。でも、それだけ?」 「それだけじゃないの。結婚式の翌日に、新婚旅行をちょっと待ってくれって言われたの。仕事が忙しいって」 「は?新婚旅行って普通、最初から休みを取ってるもんじゃないの?」 「そうでしょ。じゃあ、いつ行くのって聞いたら、『いつでもいいだろ』って怒鳴られて。それから急にすごく冷たくなって、今日も帰ってこないの。もしかして、浮気してるんじゃないかって」 「交際中は何もなかったの?」 「うん。ただ、実家と仲が悪いから結婚式に呼ばないでくれって言ってたの。家庭環境が複雑みたいで、詳しくは教えてくれなかったけど」 「ますます怪しいじゃない。何か隠してるな」 「やっぱり、こんなことで調査なんて頼むべきじゃなかったかな」 「そんなことないよ。違和感は早いうちに潰そう。我慢して家族を続けるのが幸せじゃないことくらい、あんたが一番よく知ってるでしょ」 私は施設で育った。愛とはその頃からの付き合いだ。彼女は私のことを誰よりも理解してくれていた。 「ありがとう。じゃあ、お願いしてもいい?」 「任せて。まずは旦那の行動を監視するから、何か動きがあったらすぐ連絡する」 その翌日、周辺が珍しく早く帰ってきた。リビングに座るなり、真剣な顔で切り出してきた。 「なあ、はるな。ちょっと話があるんだけど」 「何?」 「実は俺には、本命の彼女がいるんだ」 一瞬、何を言われているのか分からなかった。「え?ちょっと何言ってるの?」 「まあ、話は最後まで聞けって。まず安心しろよ。お前と結婚したんだから、お前が正妻だ。法的にも社会的にも、お前の立場の方が上だ。だから文句を言うなよ。これからの生活で、お前は優遇されるんだから」 「どういうこと?本命の彼女がいるのに、私と結婚したの?」 「そうだよ。でもお前は正妻だから、法的に守られてる。問題ないだろう」 「問題ないって……浮気を認めろってこと?」 「浮気っていうか、法律上はお前と結婚して、心は彼女と結婚してるって感じだな。俺はちゃんと説明してるだろ。隠してるわけじゃない」 「意味が分からないんだけど」 「そのままの意味だ。ああ、お前も外に男を作ってもいいぞ。その方がフェアだし」 「信じられない……結婚式で上の空だったのも、そういうこと?」 「そうそう。ただの形だし、気にしてなかったからな。それでさ、俺には本命がいるけど、結婚してやっただろう?だから新婚旅行は彼女と行く。悪いけど、新婚旅行代を振り込んでくれ」 「はあ?ふざけてるの?」 「うるせえな。結婚式でいい思いしてんだから、それくらい譲れよ。お前は行かなくていい。これでお前、優遇されてるじゃん」 「これのどこが優遇されてるのよ」 「まあまあ、法的に新婚なのは俺とお前だろ?だから新婚旅行の費用はお前が払うべきだ。俺は彼女と行くけどな」 「それおかしくない?私は行かないのに、お金だけ払えって?」 「何がおかしいんだよ。お前は正妻って立場をもらってるんだぞ。これくらい我慢しろ。金は実家が出してくれるんだろう?俺は払えないから、お前が立て替えろ」 「どうして私がこんなこと我慢しなきゃいけないの?正妻だからって何?」 「わかんねえのかよ。お前は苦労してねえからな」 「何の話よ」 「あのな。俺は愛人の子だったんだ」 私は言葉を失った。周辺は続けた。 「俺の父親には正妻がいて、そっちに子供もいた。でも父親は俺の母親とも付き合ってて、俺が生まれたんだ。俺も親父の子供なのに、遺産の大半は正妻の子供たちに行った。俺と母親に残されたのは、生活費程度だった。正妻の子供たちは豪邸に住み続けて、俺たちは追い出されたんだ」 「それは、あなたの家の中の話でしょ?」 「それだけじゃない。親戚の集まりにも呼ばれなかった。愛人の子だって、後ろ指を刺された。学校でも『お前の父親、浮気してたんだって』ってからかわれた。だから俺は知ってるんだ。正妻の立場は強いけど、愛人の立場は弱い。お前も同じだろ?これくらい我慢しろ」 「それはあなたの意見でしょ」 「そうだけど、お前はちゃんとした家庭で育ったんだろ?俺みたいに苦労してないんだから、我慢できるはずだ。それに、結婚してお前は実家も手に入れた。感謝してないの?」 「感謝?」 「そうだよ。普通に考えろよ。お前、三十手前だろ?周りから『早く結婚しなさい』って言われてたんじゃないか?俺が結婚してやったんだから、感謝しろよ。だから新婚旅行は譲れ。そういうことだ」 私は深く息を吸って、静かに言った。「分かった。じゃあ、行ってらっしゃい」 「悪いな」 周辺が部屋を出ていった後、私はすぐに愛へ電話をかけた。声が震えていた。 「あい、周辺から連絡が来たの。本命の彼女がいるって。それで、新婚旅行の費用を振り込めって言ってるの」 「はあ?浮気した挙げ句に、旅行はそいつと行くって?」 「うん。本当にそう言ってるの」 「最低だね。そいつ、正妻だから我慢しろって言ったんでしょ?」 … Read more

15 September 2026

「由美子、上からお前を別の部署に異動させるよう命令が来ているぞ。」その言葉を聞いた瞬間、私は手にしていたコーヒーカップを落としそうになった。総務部に来てちょうど三年、仕事にも慣れてきた矢先だった。夫のかけるは人事部長として、私の評価を下す立場にいる。彼は私を見下すように言った。「お前ぐらいのキャリアの人間が、こんなに頻繁に部署を変わるのは異常だぞ。」私は必死に反論したが、彼の言葉は鋭かった。…

「由美子、上からお前を別の部署に異動させるよう命令が来ているぞ。」 「あら、そうなの。総務部に来てもう三年になるのね。本当にあっという間だわ。」 「お前、危機感はないのか?」 「危機感?どういうこと?」 「お前ぐらいのキャリアの人間が、こんなに頻繁に部署を変わるのは異常だぞ。どこに行っても結果を残せていない証拠じゃないか。」 「そんなことないわよ。私なりに頑張って、それなりの結果は残しているつもりよ。実際、会社の売上はずっと右肩上がりじゃない。」 「それは父さんの手腕によるものだ。」 「まあ、それは否定できないかもしれないけどね。」 「父さんは一台の機械からこの会社をここまで大きくした、本当にすごい人だ。俺は心から尊敬している。でも、父さんももう六十八歳で、定年が近づいているんだ。うちは取締役は七十歳で定年って規則で決まっているからな。」 「だからこそ、俺たちがしっかり頑張って、父さんが安心して会社を任せられるようにしないといけないと思うんだ。」 「私もあなたと同じ気持ちよ。父にはゆっくりとした老後を過ごしてほしいわ。」 「そう思うなら、もっと仕事を頑張ってくれよ。」 「私は頑張っているって言っているでしょ。」 「もっと目に見える成果を出してほしいんだよ。」 「確かに数字で見える成果は出せていないかもしれないけど、私は別のところで頑張っているのよ。」 「そんなのはいい訳だよ。お前は社長の娘という立場だから役職につけているんだ。普通なら、お前が出している結果ではとても無理だぞ。」 「随分とひどいことを言うのね。私の仕事ぶりを一度も見たこともないくせに。」 「俺は人事部として社員の評価をしているんだ。その上で、由美子は活躍していないと言っているんだよ。俺にとやかく言われる筋合いはないわ。別に。」 「もし俺が社長になったら、お前を会社には置いておけないぞ。こそ泥みたいな人間は、我が社には必要ないからな。」 「私がこそ泥だと言いたいの?」 「この結果を見たら、そう思わざるを得ないよ。」 「自分の妻に対して、本当に嫌な言い方をするのね。」 「俺は『家族だから』みたいな甘い考えは大嫌いなんだ。」 「あら、そう。だったら、あなたも人のことを言える立場になるように頑張らないとね。」 「俺は人事部長としてしっかり仕事をしている。これから中途採用で入ってくる社員たちの選考もしないといけないんだ。今の会社に必要な人材を見つけるという、大切な仕事をしているんだぞ。」 「そう。それじゃあ、頑張ってね。私は新しい部署に移るための引き継ぎをしないといけないから。」 「頼むから、父さんの顔に泥を塗るようなことだけはしないでくれよ。」 一週間後。 「お父さん、大丈夫?お母さんから連絡があって、風邪を引いたって聞いたの。」 「おお、そうなのか。お前には心配をかけたくないから、黙っていてほしかったんだがな。」 「何言っているのよ。娘なんだから心配する権利はあるでしょ。」 「ちょっと体がだるいだけだよ。熱も三十七度あるかどうかくらいだ。」 「仕事は他の人に任せておけばいいからね。」 「そうさせてもらっているよ。ありがたいことに、優秀な人間が周りにいてくれるからな。」 「みんなお父さんのために働きたいって思っている人たちの集まりだからね。」 「まさか自分がこんな立場になるとはな。ただがむしゃらに仕事をしてきただけなんだが。」 「お父さんはとても優秀な人だと思うわ。ただ頑張るだけじゃなくて、冷静に現状を踏まえて、将来のために行動ができる人よ。私はそんなお父さんを見本にして仕事をしているの。」 「そうか。頑張ってくれよ。お前には期待しているから。俺もなんとか定年までは頑張ろうと思っているよ。」 「私もできるだけ支えるからね。」 「俺がいなくなってからは、お前とかけると力を合わせて会社を支えていくんだぞ。」 「そうね。そうしたいと思っているんだけどね。」 「なんだ、喧嘩でもしたのか。」 「ちょっと仕事のやり方でもめてしまってね。」 「何をもめることがあるんだ?」 「私が頻繁に部署を変わるのが気に入らないみたいなの。結果を残していないからだって、決めつけられちゃって。」 「それは大きな間違いだよ。私がそうするように言っていたんだからな。」 「まあ、そのうち分かってくれると思っているわ。」 「それならいいんだが。もしお前たちの関係が悪くなるようなことがあれば、あのことを伝えてしまっても構わないからな。」 「いや、ちゃんと手順を踏んで報告をするから。」 「そうか。」 「お父さんはそんなことを気にしなくていいのよ。それよりも自分の将来のことをしっかり考えて。社長を退任した後は、何をするかとか計画はあるの?」 「そうだな。母さんと海外旅行にでも行こうかとは話しているんだ。新婚旅行でハワイに行ったきり、一度も行っていないからな。しかも、その時はまだ金がなくて、満足に楽しめたものではなかったと思う。」 「素敵ね。今からどこに行くか、話し合っておかないとね。」 「うん。そうしないとな。でもまずは健康に気をつけて、残りの任期を全うできるように頑張るよ。」 「そうね。頑張ってね。」 … Read more

14 September 2026

みさ、俺たちの家庭はもう冷え切ってる。愛情なんてとっくにない。さっさと離婚しようぜ——夫がそう切り出したのは、何の変わりもない平日の夜だった。でも、家庭を冷え切らせたのはどっちなの?そう思った矢先、彼は浮気していた。さらに一週間後、夫は弁護士を使って、私が娘を虐待したという嘘の書類を突きつけてきた。そして娘のひなは、冷たい目でこう言い放った。「あんたなんか必要ないの」。十三年前、私はお金も娘…

みさ、俺たちの家庭はもう冷え切ってるだろ。愛情なんてとっくにない。さっさと離婚しようぜ。 は、離婚?それをあなたが言うの? いや、お前だって俺に冷たいじゃないか。帰ってきてもほとんど口も利かないし。離婚理由は性格の不一致でいいだろ。俺も疲れたんだよ。こんな家庭に愛があるなんて言えないだろ。 確かに、私たちの関係は冷め切っているわ。もう元に戻ることもないでしょうね。なら離婚でいいわよ。 でもね、私が何も知らないと思ったら大間違いよ。何が家庭が冷めたから離婚よ。そうさせたのは、あなたじゃない。 は?何言ってんだ? 浮気してるでしょ。知ってるのよ。あなたの方から切り出すと思ったら、その前に言わせてもらうわ。 証拠があるのか? つい最近気づいたばかりだけどね。でも、浮気した方が悪いのは間違いないわ。離婚ってなったら慰謝料を請求するから、覚悟して頂戴。 何言ってんだ?慰謝料を払うのはお前の方だろ。俺は何も悪いことしてない。 はいはい。好きに言ってなさい。 一週間後。 何よこれ?この書類は何なの? 見れば分かるだろ。弁護士を雇って離婚を進めるんだよ。内容証明は見たんだろ? 見たわよ。だからおかしいって言ってるの。どうして私が虐待したことになってるのよ。 離婚の理由は、お前が娘に対して虐待したからだ。お前は自分の子供を苦しめた最悪の母親なんだよ。つまり、慰謝料を払うのはお前ってことだ。 こんなの許されないわよ。捏造よ! 勝手に言ってろ。ひなだってちゃんと証言してるんだからな。 え?ひなが?そんなはずない…… 一時間後。 ひな、お父さんに何か言われたの?あなたが私に虐待されてるって言ったって聞いたわ。 確かにぶつかることはあったわね。あなたは年齢的に、親の言うことが煩わしく感じることもあると思う。私のことをよく思えないのも仕方ないわ。だから話し合いましょう。 は?今さら何なの?うざいんだよ、マジで。 あんたなんか必要ないの。 え?ひな、何言ってるの? あのさ、そういう私母親ですアピール、マジできついんだけど。いつも小言ばっかりで、そんなだから離婚されるんだよ。あんたがいるだけで苦痛なんだわ。門限も決められて自由もないし。あれしろこれしろって、私は奴隷じゃないのよ。 それはあなたのためを思って…… ああ、そう。相手のことを思ってたら、ぐちぐち細かいことを指摘して追い込んでもいいの?やっぱ考え方が毒親じゃん。 そんなつもりはなかったの。本当よ。 あんたがどう思ってようが、やってることは同じだっての。 あなたはそれでいいの?このままだと、パパと一緒に暮らすことになるのよ。 パパと一緒に暮らせるなんて最高じゃん。そっちのほうがいいよ。シングルマザーとか貧乏だし、そんなの笑い物でしょ。パパは金持ちだから、何も困らないもん。あんたの説教を聞かなくていいなんて、自由で幸せ。 お願い。もう一度考えて。パパは浮気してたのよ。そんな人と一緒に暮らしたいの? 浮気?何それ?そんなわけないじゃん。言い訳ばっか。もう二度と連絡してこないで。話すことなんてないから。 翌日。 何を言っても無駄だぞ。お前の味方なんて誰もいないんだよ。 子供に自分の味方になれって脅すなんて、やること本当にクズね。私はただ娘と話したかっただけよ。離婚を望んでるのはそっちじゃない。 はいはい。お前の意見なんてどうでもいいんだよ。とっとと慰謝料二百万円払えよ。養育費も一括で前払いしてもらうからな。 そんなのおかしいわ。浮気したのはあなたでしょ?私が慰謝料をもらう側なのに。 証拠もないくせに。 そっちだって証拠はないでしょ? お前の虐待の証拠ならあるけどな。 そんなのないわ。証拠なんて捏造よ。門限を守らせたのも、勉強させたのも、全部ひなのためだったのよ。 いやいや、やりすぎなんだよ。あの子は言わないと勉強しなくて、赤点ばかりだったんだぞ。深夜に出ていって、保護されたこともあったんだ。それが精神的虐待だってさ。娘もそう証言してるし、裁判じゃ勝てないぞ。 そんな……信じられない。 見苦しいんだよ。もう諦めろ。 一週間後。 あなた、どうするつもり?裁判を続けるの? そんなの俺が勝つに決まってるだろ。まあでも、お前が裁判を望むなら慰謝料は三百万に増額だな。それが無理なら、養育費を月五万、三年分一括で前払いしてもらう。 そんな金額、払えるわけないでしょ。 じゃあ裁判は諦めろよ。 私は何もしてないのに……どうして…… でも、分かったわ。なんとかする。あの子に恨まれても構わない。でも、浮気するような人にだけは育てさせないわ。貯金を全部使って、両親にも借金してでも、戦ってみせる。 無駄な努力してるなあ。マジ笑えるわ。 は? … Read more

14 September 2026

式当日の朝、携帯が震えた。相手は、今日結婚するはずの男だった。「悪いんだけどさ、今日の結婚式、なしにしてくんない?」「は?何言ってるの?今からヘアメイク始まるんだけど」「他に好きな人ができたんだわ。ももかが妊娠した。だから今日の式、俺とももかの結婚式に変更しようと思う」「は?」「キャンセル料もったいないだろう。新郎だけ入れ替えるってこと」「私の親族や友人が半分いるのよ。新郎が知らない女に変わ…

式当日の朝、携帯が震えた。相手は、今日結婚するはずの男だった。 「悪いんだけどさ、今日の結婚式、なしにしてくんない?」 「は?何言ってるの?今からヘアメイク始まるんだけど。悪い冗談はやめて」 「俺、お前とは結婚できない」 「なんで?今日まで一緒に準備してきたでしょ?」 「他に好きな人ができたんだわ」 「式当日に言うこと?」 「いつ言おうか迷ってる間に今日になった」 「マリッジブルーでもこじらせたの?」 「違うって。実は半年くらい前から付き合ってて、その子が妊娠したんだよ。今朝検査したら陽性だったって言われたんだ。こんな気持ちでお前と結婚なんかできないだろう」 「本当にあなたの子なの?」 「当たり前だろ。だから俺はももかと結婚する。責任取らなきゃいけないからな」 「私への責任はどうなるのよ」 そこで彼は、信じられないことを言い出した。 「ちょっと相談なんだが、今日の式は、俺とももかの結婚式に変更しようと思う」 「はい?」 「キャンセル料がもったいないだろう。どうせ俺とももかも、いずれ式はあげなきゃいけないし。譲ってくんないかな」 「何言ってんの?」 「分かりやすく言うと、新郎だけ入れ替えるってこと」 「分かった上で、何言ってんだって聞いてんのよ。招待客の半分は私の親族や友人なのよ。新郎が知らない女に入れ替わって、納得するわけないでしょ」 「そこはお前がうまく説明しとけよ」 「もう会場に向かってる人もいるのよ」 「だから今連絡してるんだろう」 「遅すぎるでしょ」 「金なら俺が全額払うから頼むよ」 「私に全部払わせたあなたにお金なんてあるわけないよね」 「それが、まとまった金が近々入る予定なんだ」 「怪しい。騙されてんじゃないの?」 彼女は頭を整理しようとした。半年間、彼は裏で別の女と付き合っていた。妊娠までさせていた。そして今、式場と新居を譲れと言っている。 「また式の準備を一からやるって考えたら、ぞっとする。このまま使わせてくれたら楽できるじゃん」 「いやいや、準備してたの、私よ」 「あんなのだるいに決まってんだろう」 「私が気を使うことじゃないけど、お下がりの結婚式なんて、相手の女性が嫌がるんじゃない?」 「ももかはそういうの気にしないって」 「女いるかな?」 「じゃあお前の身内には、飯だけ食って帰ってもらうか」 「誰が納得すると思ってんのよ。頭おかしいの?」 「じゃあ今すぐ連絡して、お前の方だけ断ってくれ」 「みんな今日のために予定を開けてくれたのに」 「悪いな」 彼女は深く息を吸った。混乱して見逃していたが、これはつまり、半年も騙されていたということだ。ありえない。 「どっちもいい女だから選べなかったんだよ」 「ケースに並んだケーキみたいに言わないで」 「確かに昔からケーキ選ぶの苦手だったわ」 「お母さんはなんて言ってるのよ」 「おふくろは大賛成してくれてるよ。後継ぎができたって大喜びだ」 「親子してどうかしてるわ。不貞行為を容認するなんて」 「おふくろが言うには、ももかの方が愛嬌があって好きだって」 「ああ、そうですか」 「大体、後継がどうとか言ってるけど、まだ性別も分からないのに浮かれていいわけ?」 「母さんの勘は当たるんだよ。とりあえず今回は身を引いてくれ」 「次回があるみたいに言わないで」 「式場スタッフが近くにいるだろう。ドレスをお前のサイズより二つくらい下げたやつで、いくつか用意するよう言ってくんない?」 「よく私に頼めたわね」 「それと、新居のマンション、あれもももかに譲ってやってほしい」 … Read more

14 September 2026