「ねえ、あなたたち、いつまで家にいるつもり?」その一言で、私の静かな一人暮らしは音を立てて崩れた。息子のサトルが嫁のしおりを連れて「一週間だけ」と転がり込んできたのは、まだ寒さの残る三月のこと。冷蔵庫の作り置きが消え、私の部屋の引き出しが勝手に開けられ、挙句「現金が入ってないんですか」と財布を覗かれた。一週間は三週間に延び、二人は仕事にも行かず、私の年金で暮らし始めた。「サトルが好きにしてい…
「ねえ、あなたたち、いつまで家にいるつもり?」 「え、ちょっとした規制の感じじゃなかったの?もう一週間になるけど」 「いや、帰れって言われても、家をたたんだから帰る家なんてないし」 「待って。何、冗談?」 「冗談じゃないよ。つうわけで、このままここに住むから。よろしく」 「いきなりそんなこと言われても困るわ。私だって生活があるのよ。いきなり息子夫婦と同居なんて、嫌よ」 「嫌って、失礼だな。母さんだって七十歳で、足腰弱ってきてるだろ。一人息子の俺が、嫁連れて帰ってきて、しかも同居してやるって言ってるんだからさ。むしろ喜ぶ場面だろう」 「世間的に見ればありがたいことなのかもしれないけど。何の相談もなしに転がり込まれるのを、心よく受け入れる人の方が少ないわよ」 「一緒に住むんだったら、色々と決め事はさせてもらうからね。その方が、揉めずに済むから」 「ああ、その辺のことは嫁と相談して。俺は言われた通りにするからさ」 数分後。 「のしりさん、さっきサトルから、一時的な規制じゃなくて、同居になるって聞いたんですけど。間違いないんですか?」 「え?ああ、そうですよ」 「やだ。サトルったら、何も言ってなかったんですか?ああ、ごめんなさい。私、お母さんから許可はもらってるって聞いてたので。てっきり、歓迎されてるものかとばかり」 「だって、引っ越してきたにしては、あまりに荷物も少なかったし。家具とか家電とかは、全部売っちゃったんです。で、何か問題でもあるんですか?もう家も解約しちゃって、帰れないし。お母さんも一人暮らしより安心でしょ?」 「私は何も知らなくて、混乱してるのよ。安心より、戸惑いの方が大きいわ」 「とにかくすぐ帰れないことは分かったから、一緒に住んでる間は、生活のルールを決めたいの。お互い、快適に暮らせる方がいいでしょ?」 「正直、今までの一週間みたいな暮らしをされたら、困るわ。冷蔵庫の中身を勝手に食べたり、私の部屋に勝手に入ったり」 「え?何言ってるんですか。めんどくさいんですけど」 「それに、こないだ、私の財布を見たわよね。現金が入ってないんですか、なんて。普通、聞かないでしょ。ありえないわよ。もし金が入ってたら、盗むつもりだったと思われても仕方がない行為なのよ。分かってる?」 「もう、お説教とか勘弁してください。サトルが好きにしていいって言ったから、そうしたんです。文句があるなら、サトルに言ってもらえませんか?口うるさい人とか、マジ最悪なんですけど」 その日の夕方。 「なあ、ばあちゃん、正直に言うわ。俺たちと、あの人たちが同居するのは、ちょっと無理がある」 「何言ってるの。あんたが決めた話でしょ」 「いや、確かに決めたけどさ。でも、実際に一緒に住んでみて、無理だって分かったんだよ。冷蔵庫の中身は勝手に食べられるわ、仕事も行かなくなるわ、挙句の果てには、お前の財布まで荒らすんだぜ。あれは流石にどうかと思うよ」 「ああ、あの話はね。わたしも、あの時は驚いたわよ。しおりさんがあんな人だとは思わなかった」 「まったく、何であんなのと結婚しちゃったんだろうな。俺の見る目がなかったってことか」 「あんたがそう言うなら、こっちも考えるわ。ただ、すぐに出て行けって言うのは、可哀想じゃないかしら」 「可哀想って、ばあちゃんは優しすぎるんだよ。あいつらが可哀想なんかじゃなくて、迷惑かけてるのはこっちの方なんだからさ」 「まあ、せめて、もう少し様子を見ましょう。仕事を見つけて、生活が立て直せるか。それまで待ってみるのも、一つの手よ」 「……分かった。でも、これ以上酷くなったら、俺は容赦しないからな」 数週間後。 「ねえ、ばあちゃん、大丈夫?昨日、親戚の集まりがあったんだろ。何かあった?」 「うーん。サトルに頼んだのよ。代わりに出席してくるって」 「で、サトルは行ったの?」 「ああ。行ったみたいだけど、何も聞かされなかったから、どうだったのかは分からないわ。ただ、帰ってきてから機嫌が悪かったのは確かね」 「そっか。何があったんだろうな」 「さあね。聞いても、何でもないって言うだけだったから」 「……今日さ、しおりさんが来たんだよ」 「え?何しに来たの?」 「それがさ、『同居してるお礼をしたい』って言い出して。それで、いきなり投資の話を始めたんだ。『おばあちゃんの遺産、運用しませんか』って」 「はあ!?何言ってるの、あの人は」 「思わず『余計なことはしないでください』って言っちゃったよ。そしたら、『こっちは善意で言ってるんです』って逆ギレされちゃってさ。もう勘弁してほしいわ」 「まったく、とんでもない人ね。よくあんな人と一緒にいられるわね」 「ああ、ほんと、何考えてるのか分からないよ」 数日後、のしりは、思い切って息子夫婦を呼び出した。 「サトル、しおりさん。ちょっといいかしら」 「何?俺、これから仕事なんだけど」 「仕事って、今日はあなた休みでしょ。嘘つかないで」 「ちっ。何の用だよ」 「あのね。本当に言いたくないんだけど、あと三ヶ月で出て行ってちょうだい」 「はあ?何言ってるんだよ、急に」 「あなたたちね、家に一銭も入れてないわよね。電気代も水道代も、全部ばあちゃん持ちよ。それに、冷蔵庫の中身は食べるわ、私の部屋覗くわ、挙句の果てには、私の息子に投資の話を持ちかけるってどういうこと?」 「ああ、あれか。別に悪気があったわけじゃないんですよ。少しでも家計の足しになればと思っただけで」 「だったら、ちゃんと働きなさいよ。あなたたち、二人とも仕事してないじゃないの」 … Read more