義母に言われた。「あなた、サトシの妻にふさわしい結果を残しなさいよ」って。結婚式の準備で忙しい日、私はただ普通に報告しただけだったのに、その瞬間から何かがおかしくなった。夜、サトシにその話をすると、彼は「俺は中立でいたいんだ」と冷たく言い放った。なのに式当日、彼は「今日はこれから仕事だから」と私を置いて出て行った。数日後、姑が家に乗り込んできて「あなたの顔を見たくないってサトシが言ってる」と…

姉さん、結婚式は半年後にやるって言ってたわよね。 ええ、そうですね。今は準備の真っただ中って感じです。 そうなのね。決めることがたくさんあって大変そうね。 ほんとにもう、こんなに決めなきゃいけないことがあるのかってくらいで。 式はもちろん大事だけど、仕事の方もきちんと頑張ってもらわないと困るわよ。 仕事、ですか? そうよ。あなた、サトシと同じで代理店で働いてるんでしょ。 はい、そうですけど。私、女であっても仕事はちゃんと頑張らないとダメだと思ってるんです。昔みたいに女は家庭に入れ、なんて言われる時代じゃないし、女だってしっかりとしたキャリアを積まないと。 まあ、立派な心がけね。 うちの息子はね、しっかりと大手で働いてるのよ。 それに比べてあなたはどう?全然たいしたことない会社で働いてるじゃない。 そんな言い方はやめてください。どんな会社で働いてるかで人を決めるなんて、間違ってますよ。 だって本当のことじゃない。あなた、大手企業に入れなかったから、そんな中小企業で働いてるんでしょ? ……なんで、どうしてそういう言い方になるんですか。 別にひどいことを言ってるつもりはないのよ。ただ、現実から目をそらさずに、サトシの妻にふさわしい結果を残しなさいって言ってるだけ。せっかくうちの家系に入るんだから、恥ずかしくないようにしてもらわないとね。 私は私の会社に満足してますし、成果だって、言われなくてもちゃんと残し続けてます。 ふん、どうだか。 いいですか、これからは仕事で手を抜くことだけは絶対に許しませんからね。私がちゃんとチェックしてあげますから。 そんなものは会社がやってくれてるので、結構です。 ――何ですって? 式の準備もありますし、もうこれで失礼しますね。 待ちなさい、まだ話は終わってないわよ。 ああ、もう。今日はどうしてこんなにまとまらないんだろう。 いったい、なんなのよ、あの義母は。 あの日は我慢できたけど、今日みたいに言われると、確かに腹が立ってくる。よし、サトシに話してみよう。何とかしてくれるかもしれない。 ――その日の夜。 サトシ、ちょっと聞いてくれる? なんだよ。こっちは仕事中だって言ってるだろう。 式のことなら、決めるべきことは全部決めたわよ。あとは最終確認だけ。 だったらいいだろ。俺はこれから大事な書類をまとめないといけないんだ。式のことは全部お前に任せてあるんだから、いちいち聞いてこないでくれよ。 分かってる。式の話をしに来たんじゃないの。 じゃあ、何の用だよ。 今日ね、お母さんに言われたの。私が働いてる会社が、あなたと釣り合わないって。 はあ? それでね、サトシの妻にふさわしい結果を残せって。仕事で成果を出せって命令されたのよ。 ああ、そう。 普通、ないと思わない? 結婚したら仕事をやめろって言われるのは聞いたことあるけど、逆にちゃんと結果を残せって言われるなんて、意味が分からないわよ。 まあ、母さんは俺のことを心配して言ってるんだろう。 心配? あれが心配だって言うの? ただの嫌がらせよ。あの人、昔から世間体をすごく気にするタイプでしょ。自分の息子の嫁が大したことない会社にいたら、恥ずかしいって思ってるのよ。 そんなことないだろ。 あるわよ。私はちゃんと仕事もしてるし、前よりも結果も出してる。なのに、それを否定されたみたいな気分よ。 だったら、そう言えばいいだろ。 言ったわよ。でも、全然聞く耳持たないんだもん。ねえ、あなたからお母さんに言ってくれない? 私を敵だと思ってるのは間違いだって、説明してよ。 いやだな。俺はそういう面倒なことには関わりたくないんだよ。 何よ、それ。 だって、お前が母さんを怒らせたんだろ。 怒らせた? 私、何もしてないわよ。 してるだろ。前、同居の話を断った時に、母さんはずっと気にしてたんだ。 それが理由? 私、最初から同居はしないって言ってたじゃない。それはお互いに納得した上でのことよ。 … Read more

24 September 2026

「ねえ、聞いて。私、親友に夫を寝取られた上に、会社の仕事まで押し付けられてたの。それだけじゃない。親友は『夫が病気で休みます』って嘘をついて、実は私の夫とハワイで浮気旅行中だった。電話越しに『親友だから好みも似てたのよ』って笑ったあの声が、今も耳から離れない。仕事も家庭も全部一人で背負って、やっと連絡が取れたと思ったらその言い草。私は慰謝料を請求すると伝えたけど、向こうは『陽太は私を愛してる…

ごめん、代わりに仕事してくれてありがとう。あなたが私の仕事を引き継いでくれたおかげで、思いっきり気兼ねなく休めるわ。 やっと返事が来た。同期だからって甘えすぎじゃない? 休み中だったんだから仕方ないでしょ。 だからって一週間も無視する? ごめん、ごめん。電源切ってて気づかなかったの。 いきなり「旦那の官病のため休みます」って言うから、真矢の仕事を全部私が変わってあげたのよ。何か言うことはないの? 悪かったなあ。幼馴染みのよしみで許してよ。てか、何? やっぱ私がいないと大変? 大丈夫。真矢がいなくても仕事は回せるから。そんなことより、今どこにいるの? いつお見舞いに行ってもいないし。おばさんも真矢と連絡取れなくて心配してたよ。 ありゃりゃ、いないのバレちゃったか。実はね、ハワイにいるんだ。今はショッピングモールで買い物してるとこ。 旦那さんが病気で大変な時に、何やってるの? ごめん。でもさ、こうでもしなきゃ休めないじゃん。 ほら、渡して。普段から家事と仕事の両立プラス、旦那が入院して色々と大変だからさ。休みたかったなら素直にそう言えばよかったじゃない。休みは権利なんだから、真矢が休んだって誰も止めないよ。 みんな、口に出さないだけでしょ。 そこはみんな大人だからね。 思う人は思うんじゃない? でも「旦那の官病のため」って言えば、誰も悪い顔しないし、私の株も上がるでしょ。 今、私の中で真矢の株はだだ下がりだけどね。 長年の付き合いなんだから、今更気にしないでしょ。そんなことより、私、今誰と一緒にいると思う? いや、知らないよ。 親友だから言うけど、私、彼氏と一緒にいるの。 え、待って。真矢、既婚者だよね。相手はその、知ってるの? 知ってる、知ってる。てか、美春の知り合いだよ。 まさか部長じゃないよね。仲良さそうだったけど。 なわけない。誰があんなおじさん相手にするの? じゃあ誰なの? 悪いことは言わないから、やめときなよ。 じゃあクイズね。私たちより二つ年上で、身長は175ぐらい。髪型は少し長めの黒髪でセンター分けのパーマ。さあ、誰だ? ここで大ヒント。美春の大事な人だよ。 まさか、陽太じゃないよね。 お、よくわかったね。まあ、わかるか。だって美春の旦那さんだもんね。 陽太と一緒にいるってどういうこと? 陽太からは出張って聞いてたけど。 ごめんね。実は取引先で出会って仲良くなって、春の結婚式で顔を知ってたから、話が弾んじゃったんだ。 じゃあ、親友の夫と知っていながら手を出したってわけ? 別にいいでしょ。私、あなたの夫と相性最高なの。 気持ち悪いこと言わないで。ハワイで何してるの? ハワイの高級ホテルで二人で過ごしてます。 って、人の夫に手を出すなんて、親友のやることじゃないよ。 ごめんね。親友だから好みも似てたのよ。 それは浮気していい理由にならないから。あとね、今そんなことしてる場合じゃないよ。旦那さんが危ないって。早く日本に帰って、旦那さんに会いに行ってあげて。 人の命を利用してそんな嘘つくなんて最低。 旦那さんの病気を利用して「官病」と嘘ついて長期の休みを取った真矢に言われたくないわ。 嘘じゃないし。出国する前にちゃんと旦那の顔を見に行ったもん。 それ、ただのお見舞いじゃない? その時は元気だったんだから。 その時は元気だったもん。美春が嘘ついてるんじゃないの? 真矢の前では元気なふりをしてたんじゃない? 旦那さんのことを支えもせず、浮気旅行に行くなんて、妻として最低だよ。真矢に旦那さんはもったいないわね。 それこそ、浮気された美春には言われたくないわ。 親友に寝取られた美春の方が妻として失格でしょ。 美春じゃあっちの方じゃ満足できないって言ってたよ。 それだけが結婚生活じゃないでしょ。 でも、破綻してるじゃん。最近、陽太の出張多いなって思わなかった? … Read more

24 September 2026

義父が亡くなった翌朝、私は結婚式場にいた。スマホが震え、義母からLINEが届く。「なんで葬儀場に来ないの?嫁失格よ。人でなし。さっさと来なさい。この底辺嫁が」指が震えた。でも私は動けなかった。今日は母の結婚式。義父との約束を守らなければならなかった。「結婚式?葬儀より大事なの?」義母の言葉は止まらない。「今すぐ来ないなら、息子と離婚させるわよ」涙が溢れた。母は私を一人で育ててくれた。貧乏だと…

「なんで葬儀場に来ないの?義父の葬儀を欠席するとか、嫁失格よ。人でなし。さっさと来なさい。この底辺嫁が」 私はスマホの画面を見つめながら、ため息をついた。義母からのLINEは、昨夜からずっとこんな調子だ。メッセージのトーンはどんどん激しくなっている。 「あの、お母さん、どうしたんですか?葬儀?今日、誰かの葬儀をやるなんて聞いてませんが」 「何言ってるの?昨日、お父さんが亡くなったことは伝えたでしょう」 「はい。伺ってますよ」 「なら葬式をするのは当たり前じゃない。今どこにいるのよ」 「結婚式に参加しています。ですので葬儀には参加できません。それがお父さんの葬儀なら、なおさらです」 「結婚式?葬儀より結婚式が大事なの?しかもお父さんの式に参加したくないなんて、失礼よ」 「そうでしょうか」 「『そうでしょうか』って……なんなの、さっきから。人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ」 「そんなつもりはないんですけど」 「こんなバカ女だったなんて。いい?今すぐ来ないなら、息子と離婚させるわよ。覚悟しなさい」 義母の言葉は止まらない。しかし私は、義父との約束を守らなければならなかった。葬儀を欠席することがどれほど非常識に見えるか、重々承知している。それでも、私は今日、母の結婚式に出席すると決めていた。 「あの、こちらの事情も聞かずに強制参加って、そもそもお葬式って意味がありますか?それに、こちらは事前に母の結婚式だとお伝えしていました。今さら行けません」 「義父の最後より、自分の母親を優先するっていうの?」 「はい。そうです。というか、大抵はそうなると思います。それに生前、お父さんにも結婚式を優先してくれと言われていましたし」 「それでも行くのが嫁の勤めよ。全く、これだからシングルマザー家庭は嫌なのよ。常識も躾もない。動物みたいな子育てしかできないものだから、あなたみたいなのが生まれたんだわ」 「あの、失礼ですよ。その発言を取り下げてください」 「本当のことでしょ?シングルなんて、お金もなくて貧乏じゃない。そんな貧乏人のくせに結婚式なんて……それが理解できてないんでしょ」 「母は立派に私を育ててくれました。結婚式をあげることを不当だとは思いません」 「育てたって、あんな貧乏な暮らしで。貧乏奨学金でやっと学校に行ったくせに」 「確かに裕福な暮らしではありませんでした。それでも幸せです」 「うちの息子と結婚できたことが幸せでしょ。それなのに、こんな無礼なことをして、伴侶の親を大事にするものでしょう」 「伴侶の親だから大事にするのではなく、人として尊敬できるかも大事かと」 「ああ、こう言いやがって。鬱陶しいわね。とにかく早く葬儀場に来なさい。葬儀の準備も片付けも、全部あんたがやるべきでしょ」 「なぜそうなるんですか?」 「私は悲しんでるのよ。最愛の人をなくしたの。嫁なんだから、そういう時は働くのが当然じゃない」 「お母さん、葬儀の準備は拓也さんと相談して決めるべきでは?」 「葬儀の準備は嫁の勤めでしょ?息子に聞いてどうするのよ?あんたが来ないせいで、息子に負担がかかってるの。さっさと来ないと、離婚させるわよ」 「お母さんの要望は分かりました。でも離婚は私たち夫婦の問題です。お母さんが気に食わないからって、それは口の出しすぎですよ」 「息子は私の味方よ。あんたみたいな白上な嫁のことなんか、見限るわ。私がこんなに悲しんでるのに、あんたは自分の母親のことしか考えてないのね」 「私はお父さんに言われたことを優先しているだけですよ」 「なんですって?」 「お父さんは、生きている人の幸せを優先しろとおっしゃっていました」 「だから何?え?夫が何を言ったって関係ないわ。今は私が一番辛いのよ。親族の前であんたの非常識さを全部話してやるわ。息子にも離婚を説得する」 「それは困りますね」 「困る。当然よ。嫁失格なんだから。今すぐ来なさい。来ないなら本当に離婚させるからね」 義母は一方的にLINEを送り続け、感情がヒートアップしていく。義母の「計画した葬儀」を台無しにされたという怒りは、どんどんエスカレートしていた。 「あんたのせいで、私の計画した葬儀が台無しよ。なんで来ないのよ。準備が間に合わないじゃない。盛大な葬儀にしたかったのに」 「あの、お母さんがやりたいのは、お父さんの葬儀ですよね?」 「そうよ。夫の葬儀を立派に取り仕切るのは妻の勤めでしょ。あんたには分からないでしょうけど」 「分かりませんね」 「この白上、あの……もう、さっきから同じようなことばかり言ってませんか?お母さん、大丈夫ですか?お疲れでは?」 「そんな年でもないわよ。失礼ね。とにかく来なさいよ」 「だから、同じことばかりですよ。あのですね、そもそもお父さんの葬儀なら、拓也さんとお話しされてはいかがですか?」 「息子は忙しいのよ」 「それ、さっきも聞きましたよ。でも確かに忙しいと思います。拓也さんも、今みんなとこちらの結婚式場にいますから」 「え?息子が結婚式場に?嘘でしょ?息子は葬儀の準備をしているはずよ」 「葬儀にいないのに、どうやって準備をするんですか?さっきから私にばかりLINEを送ってきて、おかしいなと拓也さんと話していたんです。まさか葬儀にいると思い込んでるなんて」 「まさか、息子はいるはずよ。自分の父親が亡くなったのに、結婚式に行くなんて。そんなことするはずないもの」 「それなら、LINEしてみればいいのでは?今、私の隣でこのLINEを見てますけど、『俺、ここにいるのに葬儀場にいるって、誰かと見間違えたのかな』って苦笑いしてますから」 私はその場で拓也に何があったのかを伝えた。するとすぐに、義母の携帯に拓也から電話が入ったらしい。 「ちょっと拓也、あなたどこにいるの?」 「母さん、俺も結婚式場にいるよ。美咲と一緒にね」 「なんでそんなことを。お父さんを悲しませるつもり?」 … Read more

24 September 2026

夫のスマホに「さゆり」から届いたメッセージを見てしまった。『新しい下着買ったから、早く見せたいな』。残業中の夫に問い詰めると、彼は逆上してこう言い放った。「妊婦のくせに疑って離婚だのなんだのって。離婚したいならそれでいいぞ。父親がいないかわいそうな子供になるけどな」。妊娠8ヶ月の私に向かって、彼は容赦なく罵倒を続けた。「お前は弱くて何もできない生産性のない女だ」「俺がいないとゲームオーバーだ…

「ねえ、ゆういち、浮気してるでしょ。」 「は?いきなり何言い出すんだよ。俺は今、残業中なんだけど。」 「その残業、本当に仕事なの?」 「千尋、俺はお前のお腹の子のために働いてるんだぞ。なんでそんなひどいことが言えるんだよ。」 「この間、あなたのスマホの画面に出てたの見たよ。『さゆり』って人からメッセージが来てた。『新しい下着買ったから、早く見せたいな』って。」 「お前、人のスマホを見るとか、プライバシーの侵害だぞ。」 「たまたま見えてしまっただけよ。ごめんなさい。でも、ちゃんと説明してくれる?」 「ゲームのキャラクターからの通知だよ。LINEと連動してて、疑似恋愛が楽しめるゲームなんだよ。」 「じゃあ、そのゲームの名前、教えて。」 「しつっこいな。妊婦のくせに、俺の浮気を疑って、離婚だのなんだのって言ってるの?離婚したいなら、それでいいぞ。俺は1人で子育てしてやるから。いや、お前が1人で育てればいいんだろう。8ヶ月だっけ?父親がいないかわいそうな子供になるけどな。」 「だから、そうならないためにも、教えてって言ってるのよ。私だって、疑いたくて疑ってるわけじゃないの。」 「なんでゲームの名前まで教えなきゃいけないんだよ。俺にだって自由はあるんだぞ。千尋って、案外器が小さいんだな。」 「違うし。そういうこと言ってるんじゃないの。なんで、そんなに拒否するの?そこまで隠すってことは、やっぱり何かあるんでしょ?」 「そんなに知りたいのかよ。だったら、何でも教えてくれる男と結婚すればよかっただろう。俺みたいな男が嫌なら、離婚して1人で生きていけばいい。」 「わかった。じゃあ、離婚して、私1人で頑張ってみるから。」 「やめとけよ。千尋にできるとは思えないけどな。俺がいないと、お前は弱くて、何もできない生産性のない女だろ。社会の荒波に簡単に飲まれて、ゲームオーバーだぞ。」 「私、あなたと結婚する前は、製菓工場で8年働いてたのよ。経験だってあるわ。」 「ああ、高卒で若かったから、みんな優しくしてくれてただけだろ。しかも工場勤務だろ。なめてんの?」 「何、それ?工場勤務をバカにしてるの?」 「バカにはしてないけど、社会的立場は俺の方が上だろ。俺は大卒で営業だから、もっと厳しいんだぞ。」 「業種が違う時点で比べられないし、どんな仕事でも大変なことに変わりはないでしょ。大体、あなたが専業主婦になってくれって言ったんじゃないの。」 「そこまで怠けると思わなかったんだよ。妊娠してから、つわりを言い訳にして、家事をサボってるだろ。」 「本当にしんどかったのよ。ご飯はおろか、水まで飲めなくて、吐き続ける毎日だったの。つわりがひどすぎて、点滴入院したこともあったでしょ。もう覚えてないの?」 「その割には、編み物とかしてたじゃん。」 「嘘ばっかり。かぎ針編みのこと?あれは、気が紛れるからやってたのよ。」 「金にもならない無駄な趣味だな。」 「別に、ゆういちに迷惑かけてないでしょ。」 「俺の稼いだ金で、毛糸買ったんだろうが。」 「私が独身の頃に貯めたお金で買ったのよ。それに、そんなこと言ったら、ゆういちだってゲームに課金ばっかりしてるじゃない。あれこそ無駄遣いでしょ?」 「俺の金なんだから、何に使おうと俺の勝手だろ。」 「じゃあ、私の趣味だって、私の勝手でしょ。ゆういちに、とやかく言われる筋合いはないわ。」 「わかったよ。じゃあ、勝手にしろ。」 「わかった。じゃあ、実家に帰るから。」 「待て待て。なんでそうなるんだよ。まだ離婚してないだろうが。」 「『1人で育てればいい』って言ったのは、ゆういちの方でしょ。だから、そうするわ。」 「だけど、本当にいいのか?お前、あんなに結婚を喜んでくれたお母さんのこと、裏切ることになるんだぞ。」 「それは心苦しいけど、私のことをいらないって言うなら、仕方ないわ。」 「そんなこと言ってないだろ。離婚するまでの間だけだ。ちゃんと家事するなら、家に置いておいてやってもいいぞ。」 「それって、選択とか掃除とか、自分がやりたくないだけじゃないの?私を家政婦としてしか見てないって、よくわかったわ。今からお母さんに連絡して、今夜の新幹線で実家に帰るから。」 「ああ、そうかよ。せっかく引き止めてやったのに。最後にもう一度聞くけど、本当に離婚でいいんだな?」 「ええ、いいわよ。だから、とっとと帰れ。」 「わかった。さようなら。お世話になりました。残りの荷物は、全部処分して構わないから。」 「おい、待てよ。本気か?今なら謝ってやってもいいぞ。」 「結構です。」 「おい、千尋!」 千尋は、そのまま家を出て、駅に向かった。そして、電車の中から実家の母に電話をかけた。 「お母さん、ごめん。今、時間ある?」 「あら、千尋?ちょうど夕飯を食べ終わったところよ。どうしたの、急に。」 「今度、後期づわりがしんどくて……。本当に申し訳ないんだけど、お願いがあって。」 「何?何でも言ってごらん。私にできることなら、何でも手伝うわよ。」 「ありがとう。その……今からそっちに帰ってもいいかな?」 「今から?」「うん。別にいいけど。また急ねぇ。何があったの?」 「実は、ゆういちが浮気してるかもしれなくて。だから、ちょっと頭を冷やしたいの。」 「なるほどね。確かに、そんな男と一緒にいたくないわよね。」 「まだ確定はしてないけど……もしそうだった場合は、離婚も考えてる。」 … Read more

24 September 2026

みさんの出産、おめでとう。それで、みさんにもお疲れ様って伝えておいてくれない?そう言われたのは、私が初孫に会えるのを心待ちにしていた、ごく普通の午後だった。息子の大機から久しぶりに連絡が来て、私は嬉しくてすぐに返事をした。でも翌日、みさんから直接聞かされた言葉に、私は耳を疑った。「孫に会いに来たって言われてもいい迷惑です。金が入ったら困るんです。赤ん坊に絶対近づけないでください」私は必死に育…

みさんの出産、おめでとう。それで、みさんにもお疲れ様って伝えておいてくれない? ありがとうございます。顔を見せたいのはやまないんだけど、産後で疲れてるだろうから、日を改めたいの。私が直接言うと断りづらいだろうから、先に話を通しておいてくれない? ちょっと待ってください。みに相談してみます。 そうね。お嫁さんへの気遣いができてて安心したわ。 俺だってちゃんとしてますよ。もう父親なんですから。また連絡しますね。 翌日。 お母さん、話は聞きました。直接言ってくれたらよかったのに。 いや、ちゃんと伝えておかないとなと思って。 でも、出産で疲れてるのに義母の相手なんて嫌でしょ。連絡してくれたのは嬉しいけど。 まあ、それはそうだな。で、どうする?顔を見に来てもらう? はっきり言いますけど、孫に会いに来たって言われてもいい迷惑です。 え? 金が入ったら困るんです。赤ん坊に絶対近づけないでください。 金?金ってどういうこと? お母さんって、大機の子育て失敗したじゃないですか。聞いてますよ。家庭で結構苦労したって。 それは確かに、たくさん苦労をかけたわ。 でも大機はちゃんと育ったでしょ。立派に働いて、家庭も持って。 それは、まあ…。 でも、育った過去は変えられないし。大機、言ってましたよ。幼少期は不幸だったって。 あの子がそんなことを…。 そういう風に考えてる時点で、幸せじゃないんですよ。子育て失敗の金が映ったら困るんです。ダメ親の育児なんて参考にならないし、赤ちゃんには可哀想でしょ。 失敗って…私なりに一生懸命育てたのよ。 一生懸命?それで大機が寂しい子供時代を送ったって、散々愚痴化されてましたけど。仕事ばっかりで放置されてたって。 それは、生活のために仕方なく…。 言い訳ですよ。やっぱりお母さんの育児方針って、完全に時代遅れじゃないですか。 時代遅れ? 今は科学的な育児が主流なんですよ。お母さんみたいな感覚だけの育児は、むしろ害悪です。 確かに、私は胸を張って立派な子育てをしたとは言えないわ。 でも、あなたはまだ母親になったばかりでしょ。そんな風に言われる筋合いはないわよ。 私は私なりに勉強してます。育児書二十冊読んで、専門家のアドバイスも受けてますから。お母さんに教わることなんて、何一つありません。 本と実際の育児は違うのよ。それに私には経験があるわ。 経験?失敗した経験ですよね。むしろお母さんの常識って、昭和で止まってるんですよ。今は令和ですよ。 時代は変わっても、子供を愛する親の気持ちは変わらないわ。 愛する気持ち?それで放置してたんですか?矛盾してますよね。家庭って、やっぱりどこか歪んでるじゃないですか。 ちょっと待って。それは言いすぎじゃない? とにかく、私はお母さんみたいな失敗を繰り返したくないんで。私の母は完璧な育児をしてくれました。だから私も完璧な母親になれるんです。 完璧な親なんていないのよ。みんな手探りで育てるの。 お母さんみたいな中途半端な親とはレベルが違うんですよ。分かります? ああ、分からないか。だって、失敗した人には成功が分からないんですもんね。 分かったわ。もう何も言わない。 産後すぐで気が立ってるのに、こちらも配慮が足りなかったわ。 とにかく、お母さんの古臭い価値観を押し付けられるのは迷惑なんで。来ないでくださいね。赤ちゃんのためですから。 その夜、大機はスマホの画面を見たまま、ため息をついた。 大機、みさんにこんなことを言われたのだけど…。 また何か言ったんだろ。 え? えって何。俺が味方すると思ったのか? 違うの。ただ…。 俺が寂しがっても、母さんは仕事ばっかりだったじゃん。そうやって人との関わり合いから逃げてたんだろ。 なら、どうしたらいいの? だから、今は金を出すくらいしか母さんの役割はないんだよ。 なんですって…。 だって、俺からも信頼度ゼロなんだぜ。そんな状態で子供に合わせられるはずないじゃん。 でも、私はあなたのために必死で働いて…。 必死で働いた。その結果が、俺の寂しい子供時代ですけど。母さんが仕事優先したせいで、俺、どれだけ我慢したと思ってるの? … Read more

24 September 2026

火曜日の夜、スマホが鳴った。画面に姉の名前が表示された瞬間、嫌な予感が走った。普段ならこんな時間に電話してくる人じゃない。「母さんが脳梗塞で倒れたの。緊急手術になる。すぐ来てくれないかしら」姉の声は震えていた。でも、私は冷たく言い放った。「お姉さん、こんな時間に何の冗談ですか。私と夫は来週、温泉旅行に行くんで」。受話器の向こうで、姉が息を呑む音が聞こえた。「は?…

母が倒れたと連絡が入ったのは、火曜日の夜のことだった。スマホの画面に映る姉の名前を見た瞬間、嫌な予感しかしなかった。出れば、電話の向こうから姉の焦った声が聞こえてきた。 「母さんが脳梗塞で倒れたの。緊急手術になるって。すぐに病院に来てくれないかしら」 「お姉さん、こんな時間に何の冗談ですか。私と夫はその間、温泉旅行に行くんで」 「は? 何言ってるの。本当なのよ。お願いだからすぐに来て」 「脳梗塞で手術とか、人の迷惑考えてくださいよ。無理です。来週、温泉なんで」 「来週? だったら今日来られるんじゃないの? 今日は木曜日でしょ。手術は今夜か明日朝には終わるわ」 「いや、心の準備とか色々あるじゃないですか。1週間以上ありますし」 「1週間以上あるなら、なおさら来られるでしょ。足りないものがないかとか、そんなこと言ってる場合じゃないわよ」 「足りないものがないか、チェックに余念がないんです。冗談はそのくらいにして、早く病院に来てください」 「お前、それ本気で言ってるのか? 俺からも頼む。弘樹に連絡してるんだけど、電話に出ないんだ。今、一緒にいるんだろ?」 「今、一緒にいますけど。でも、伝えても無駄ですよ。俺が言って何になるって言ってます。あ、旅行の準備の邪魔すんなとも言ってます」 「ひどいわよ。本当にありえないんだけど」 姉の声が、怒りで震えているのがわかった。でも、私には関係ない。私は黙って電話を切ろうとした。すると、受話器の向こうからため息が聞こえて、姉が言った。 「正直に言いますね。姑トメの脳が溶けようが焼けようが弾けようが、ぶっちゃけ私にとってはどうでもいいんですよ」 沈黙が落ちた。姉が何も言えないでいるのを感じながら、私は続けた。 「なんてこと言うの。血の繋がりはなくても、あなたが選んだ弘樹のお母さんなのよ」 「私が好きなのは夫だけです。お母さんに何の感情もありません」 「結婚した以上、家族になったっていう自覚はないのか?」 「はい。ありませんね。同居してあげてるだけで感謝して欲しいくらいです」 「分かったよ。もういい」 「あと、前から言いたかったんですけど。義理の姉だけで偉そうにするの、やめてくれます?」 「別にそんなつもりはないよ」 「じゃあ、なんで私が敬語で、そちらはタメ口なんですか?」 「それは単に年下だったから。特に意味もなくそうしちゃったけど、不快だったならごめん」 「分かってくれたならいいです。今度からはそっちも敬語でよろしく」 「……そう、分かったわ」 「敬語、忘れてますよ」 「はい、わかりました。連絡もなしで。はい。はい。返事は1回でしょ。本当、常識ないですね」 そう言って、私は一方的に電話を切った。スッキリした気分だった。でも、胸のどこかで、何かが引っかかっているのを感じていた。 翌日。スマホには、姉からの着信履歴が何十件も並んでいた。LINEも既読無視のままだ。無視し続けた。でも、さすがに無視し続けるのは無理になってきた。電話に出ると、姉はもう怒鳴るというより、呆れたような声だった。 「いい加減、返事してよ。なんで電話もLINEも出ないのよ。お母さんの件、リカさんから聞いてないの?」 「何の話? 姑が濃厚で倒れて、昨日緊急手術したの?」 「は? あんた、何言ってるの。お母さん、脳梗塞で倒れたのは一昨日の夜よ。手術は無事に成功したわ。でも、まだ脳が晴れてるから、意識は戻らないけど」 「病院はどこ?」 「昨日、LINEしたでしょ。リカさんにも伝えたわよ」 「……そっか。何も聞いてないの。ごめん、俺、スマホ見てなくて」 「だったら電話くらい取りなさいよ。何度着信入れたと思ってるの?」 「俺、家に帰ったらスマホを取り上げられるんだ」 「は? なんで?」 「浮気のためだって。友達とか家族の連絡は許されてない」 「ちょっと、どういう夫婦関係なのよ。束縛がすごすぎない? 情けないわね。あんた、それで幸せなの?」 「正直、限界だよ」 「その状態で、温泉旅行なんて行くの?」 「何の話だよ。来週、温泉行くんじゃないの?」 「そんな仲良くないよ。俺は仕事から帰ったら家事をして、リカのマッサージを2時間して寝るだけだ」 「何それ。あんた、アホなの?」 「何よ。俺だって嫌に決まってんだろう。でも、離れられないんだよ」 … Read more

24 September 2026

父の葬式の朝、兄から電話が来た。「今日の親父の葬式だけどさ、俺、欠席するわ。温泉行くから」。耳を疑った。実の父親の葬儀を欠席して温泉に行くと言うのだ。しかも「遺体に会ってどうすんの?喋んないし、動きもしないんだから」と続けた。私は幼い頃に両親を亡くし、この家に引き取られた。そのことを持ち出して「これだから親なし女は」と嘲笑われた。結婚したのだって親へのアピールだろうと言われ、私は言葉を失った…

「順夜、今どこにいるの?何なのよ、こんな朝っぱらから。今日、お父さんの葬式でしょ。分かってる?だったらどうしてまだこっちに来てないの?手伝いがあるって言ってあったでしょ」 「ああ、それね」 「どれよ」 「今日の親父の葬式だけどさ、俺、欠席するわ。温泉行くから」 「はあ?何言ってるのよ。お父さんの葬式を欠席して温泉に行くって?」 「いや、前々から楽しみにしてたんだよ。今日の温泉、予約取るのが大変だったしな」 「それは知ってるけど、そういう問題じゃないでしょ。葬儀の方が優先に決まってるでしょ」 「お前が出席すれば問題ないんだろ。母さんたちにはお前からよろしく言っといて」 「バカじゃないの?実の息子でしょ、あんた」 「まあ、そういう感じだけどな」 「はあ」 「ていうか、遺体に会ってどうすんの?喋んないし、動きもしないんだから。それに、あの親父が喋ったところで腹が立つだけだし」 「何それ?最低なんだけど」 「ああ」 「もしかして、親の葬式に出ないとか、息子として失格だとか、そういうの気にしてる?」 「ああ、これだから親なし女は。自分の親がいないからって、やたらと親をありがたがるんだよ」 「ちょっと、言っていいことと悪いことがあるでしょ」 「まあ、でもな。親なしの俺を拾ったのは親父だし、ありがたがる気持ちも分からなくはないけどな」 「ねえ、そういう言い方はやめてくれる?」 「事実だろう。ガキの頃に両親が亡くなった、天涯孤独のぼっち女だもんな」 「どうしてそんなこと言うの?私、何かあなたの気に触るようなことでもした?」 「別に。ただ、昔からそうだよなって思ってただけだよ」 「何が?うちの親に点数稼ぎがうまいって言いたいの?私は別にそんなつもりは」 「俺と結婚したのだって、親へのアピールだろ。俺にはうちの親以外、家族なんていなかったしな」 「そんな風に思ってたの?私、あなたのことを」 「うちの親も、お前の方が可愛いんだろうな。俺よりもずっと昔から、お前ばかりかわいがってたし」 「そんなことないよ」 「あるんだよ。俺よりもお前の方が学費の高い大学に行かせてもらって、いい会社に入ってさ。よく他人の金でそんなことができたよな」 「さっきから何なの?そんなに不満があったなら、結婚なんてしなければよかったでしょ」 「安牌だったんだよ、つまり」 「安牌?」 「俺の身近にいたし、親もお前には甘いし。結婚するなら悪くないかなって思っただけだよ」 「最低。あなたって、本当に最低ね」 「まあ、いいさ。俺は魅惑の夢が待ってるから、もう行くわ」 「本当にそれでいいのね?」 「ああ、いいよ。じゃあ、後のことは頼んだ」 翌日。 「お母さん、先日はすみませんでした」 「何で、ち草が謝るの?あなたは悪くないわよ」 「でも、私だけ前日からこっちに泊まってたんです。その時に、無理やりにでも順夜さんを止めさせればよかったんです」 「そんなの、結果論でしょ。それに、もう終わったことよ」 「そうですけど……でも、お父さんのことをあんな風に言われて、どうしても納得できなくて」 「確かに、あの人は厳しい人だったわ。でも、それは順夜のことを思ってのことよ。それを、あんな風に言うなんて」 「お母さん、順夜さんは前からああだったんじゃないですか?」 「ち草は、相変わらずね」 「相変わらずって、何がですか?」 「あなたをうちで引き取ってから、もう何年経ったかしら?」 「え?私が小学生の頃に両親が亡くなったので、もう二十年くらい経ちますね」 「順夜とあなたが結婚して、うちを出ていってからも、本当に色々あったわよね」 「そうですね。子供には恵まれませんでしたが、本当に色々ありました」 「もう、いいんじゃない?元々、あなたを引き取ったのは、親友の形見だったからよ」 「それは知ってます。私の両親と、お父さんたちが仲が良かったんですよね」 「ええ。あなたのご両親は、親戚付き合いが壊滅的でね。亡くなった後、あなたは親戚中をたらい回しにされてたわ」 「今でも覚えてます。お父さんが、あいつらみたいなのに任せられるかって、単価を切ってくれました」 「そう。その単価を切った張本人は、もういないわね」 … Read more

24 September 2026

「お前たち、ばあちゃんの財布から金を取っただろ?」――その一言で、私は一瞬にして我が子を見失った。あの日、いつもは穏やかなサトルが、まるで知らない人間のように冷たい目をしていた。数か月前、彼は仕事を辞め、嫁のシオリと共に私の家に転がり込んできた。「もう家を売ったから帰るところがない」と。最初は一時的なものだと思っていた。でも、冷蔵庫を勝手に開け、私の部屋に無断で入り、ついには私の財布から金を…

母さん、いつまで家にいるつもり? ほら、あの集まり、ただの一時的な感じだったんじゃないの? もう一週間になるんだけど。 帰れって言われてもな。もう家、売っちまったから帰るところなんてねえんだよ。 は? 何言ってるの? だから、このままここに住むから。よろしくな。 いきなりそんなこと言われても困るわよ。私だって生活があるんだから。いきなり息子夫婦と同居なんて、まっぴらごめんだわ。 失礼だな、母さん。もう七十だろ? 足腰も弱ってきてるのに。一人息子の俺が嫁を連れて帰ってきて、同居してやるって言ってるんだぞ。普通に考えて喜ぶ場面だろ、これは。 世間的に見たらありがたい話なのかもしれないけどね。こっちは何の相談もなく転がり込まれて、心よく「いらっしゃい」って言える人のほうが少ないわよ。 まあいいよ。一緒に住むんだったら、こっちにも色々と決め事はさせてもらうからな。それが一番揉めなくて済むんだ。 ああ、分かった分かった。そういうのは嫁のシオリと相談してくれ。俺は言われた通りにするからさ。 数分後。 シオリさん、さっきサトルから聞いたんだけど、どうやら一時的な規制じゃなくて、正式に同居になるって話みたいね。間違いないの? ええ、そうですよ。 まあ。サトルときたら、何も言ってなかったの? ごめんなさいね。お義母さんから許可はもらってるって聞いてたから、てっきり歓迎されてるものだと思ってたわ。 いや、でも、だって、引っ越してきたにしては荷物が少なすぎると思わない? 家具とか家電は全部処分しちゃったんで、もう。 何か問題でもあるんですか? こっちも家は解約しちゃったし、帰る場所がないんですよ。それに、お義母さんも一人で暮らすより安心でしょ? 私は何も知らされなくて、ただ混乱してるのよ。安心よりも、戸惑いのほうが先だわ。……でも、まあ、すぐに帰れないってことは分かったわ。なら、一緒に暮らす間は、ちゃんと生活のルールを決めさせてもらうからね。お互いが快適に暮らせるようにさ。 正直、今までの一週間みたいな暮らしをされたら困るわよ。冷蔵庫の中を勝手に食べたり、私の部屋に勝手に入ったり。あと、戸棚から私の財布を出して見てたでしょ? え、うるさいなあ、もう。お説教ですか? サトルが好きにしていいって言ったから、そうしただけですよ。文句があるなら、サトルに言ってください。本当、口うるさいばあさんだな。 ……サトル、正直に言うわ。あんたたちと同居はしたくない。それははっきり言わせてもらう。 何でそんなこと言うんだよ。 分からないの? 勝手に冷蔵庫の中身を食べられたり、シオリさんが私の部屋に入ってきたり、財布の中を荒らされたり。あれは窃盗よ、立派な犯罪よ。非常識なんてもんじゃないわ。正直、二度と家の中に入れたくないくらいよ。 ……悪かったって。悪かったよ、母さん。俺が悪かった。 どういうことなの? いや、正直に話すとさ。最近、金に困ってたんだよ。仕事もあんまり入らなくなって、もう何週間か、満足に飯も食えてなかったんだ。それで、母さんの財布に金があったら、少し借りようと思っただけっていうか。 何よ……。 俺、半年前に体壊してさ。正社員辞めて、派遣になったんだよ。そうしたら、収入が半分くらいになっちまって。シオリのほうも、長く続く仕事じゃなくて、全然稼ぎにならないし。まあ、とにかく二人ともカツカツでさ。家賃が抑えられれば、まだ何とか回るかなって思ったんだよ。 ……そういう事情か。でも、ちゃんと話してくれたら、いくらでも方法はあったでしょうに。まあ、いいわ。事情は分かったわ。ただし、ここで暮らすのは一年だけよ。それまでにちゃんと仕事を決めなさい。もし住み続けるんだったら、生活費は入れてもらうわし、同居のルールをいくつか決めさせてもらうわ。 ああ、分かった。それでいいよ。ありがとうな。 あと、その辺のことはシオリさんにもきちんと言っておいてね。私の部屋に勝手に入るのとか、やめてもらわないと。 分かってるよ。言っておく。 数週間後。 ねえ、ばあちゃん、平気? 最近、お父さんたちと何か連絡取ってる? ……取ってないわね。向こうから一方的に連絡が来るけど、全部無視してるわ。 本当? それならいいんだけど……。まさか、ばあちゃんにすごく迷惑かけてないよね? うーん。一週間前から、うちに住み着いてるのよ。突然やってきて、何も言わずに居座ってるわ。あ、でも、そういうわけじゃないのよ。ちょっとずつ、生活が苦しくなってるみたいでね。 ……はあ。なんだよ。それマジな話? お父さん、仕事変えたって言うか、辞めちゃったんだよな。 そうみたいね。前は正社員だったけど、今は派遣だとか。それで収入が落ちて、家賃も払えなくなっちゃったみたい。シオリさんも仕事が長続きしてないみたいだし、もう全然稼げてないのよ。 大丈夫なの? それじゃあ、ずっとここに住むつもりなのかもしれないよ? だろうね。まあ、お金を取られるわけじゃないけど、家にお金を入れてくれないし、冷蔵庫の中身は勝手に食べられちゃう。注意したら「じゃあ、俺たちは飢え死にしろってのか」って逆ギレされるし。お手上げだよ。 ……本当に最悪だな。 ああ。まあ、サトルも仕事を探してるみたいだし、シオリさんも何とかしようとはしてるみたいなんだけどね。とにかく、少しの間は我慢するしかないみたいだわ。 俺からも何か言ってみようか? 流石に、二人に言い過ぎだって。 そうしてくれる? 助かるわ。無理強いはしないで、ちょっと注意してくれるだけでいいから。お願いね。 ああ、任せて。……ところで、ばあちゃん。今回の連絡で、いきなりだけど言おうと思ってたんだ。 何? 改まって。給料日はまだ先よ。 いや、違うんだ。この前、親戚の集まりがあったんだろ? え? 何でそれを知ってるの? 手紙が届いてたんだよ。母さんの代わりに、俺が出席しようと思ってるんだ。それで、スーツ代と交通費なんかを出してほしいんだけど、いくらかかる? まあ、あんたが来てくれるのかい? 助かるわ。人数が多いところは苦手だから、ちょうど良かったんだ。いいよ、いくらだい? 三万で足りるかい? 足りるよ。ありがとな、母さんじゃなくて、ばあちゃん。 ふふ。人の顔を立てるのが上手いね。あんたはそうやって、あの二人よりずっと大人なんだね。はい、これで足りるかい? サンキュー。そんじゃ、行ってくるよ。……あ、それと。ばあちゃん、心配しなくていいからな。お袋たちが変なことを言ってきたら、俺が何とかするから。 ああ、相談に乗ってくれるだけで、本当に助かったよ。本当に、あの二人が来るようになってから、私は全然疲れが取れなくてね。ああいうのは、やっぱり血の繋がった身内だからって、何でも許されるわけじゃないんだよ。それを、あの親子は分かってないんだから。 まあ、俺に任せてよ。それじゃ行ってくる。 ありがとう。 … Read more

24 September 2026

「ねえ、ちょっと話があるんだけど」——あの日、いつも通り実家に立ち寄っただけだった。冷蔵庫にあった高級な和牛を見つけて、私は何気なく欲しいと言った。断られるとは思っていなかった。だって、私は娘なんだから。「あれはご近所さんからいただいた大事なものよ」——母の声は静かだったけど、その一言が、私の中で何かの火をつけた。次々と物を要求し、しまいには「更年期?」と口にした瞬間、母の顔が凍りついた。数…

母さん、ちょっといい? なあに、七美?急に改まって。 この間、そっちに行ったとき冷蔵庫に英語和牛あったじゃん。あれ、ちょうだい。 あったわね。でも、あれはご近所さんからいただいたものよ。それに、あれはあなたにあげるためにうちに置いてあるんじゃないの。 今度の日曜に、り介の会社の人が家に来るのよ。それで手料理を振る舞わなきゃいけないの。あの和牛、使いたいのよ。 あれはダメよ。私とお父さんで、って言われていただいたんだから。さすがに私たちが食べずに人にあげるわけにはいかないでしょ。 大丈夫だって。適当に「おいしい」って言っておけばいいんだから。 ダメに決まってるでしょ。それにああいう高級なお肉は年寄りには脂っこすぎるわ。お母さんたち、もう年なんだから。 あのね、そうやって何でも欲しがるのはやめなさい。この間だって、うちに来たときに… ああ、はいはい。もういいです、その話は。要らないです。 七美、あなたねえ… 私がわがままなんでしょ?わかりましたよ、じゃあリビングに飾ってある花瓶で我慢してあげます。あれ、ちょうだい。 何言ってるの?あれは結婚記念日に買った大事なものよ。あげられないわ。 ちょっと、あれもダメこれもダメって、いい加減にしてくださいよ。 いい加減にするのはあなたでしょ。前から思ってたけど、七美、あなた言動がひどすぎるわよ。 あーあ、また始まった。そうやってすぐ怒るんですね。更年期ってやつですか? そういうことじゃないでしょ。うちに来るたびに何かを持っていこうとする。恥ずかしいと思わないの? そういう古臭い考え方を押し付けないでくれます? 古臭くなんかありません。最低限の礼儀をわきまえなさいと言ってるのよ。 礼儀とか言われても、よくわかんないですもん。 あなた、り介と結婚したんでしょ。あなたの言動はあなただけの問題じゃないのよ。 また始まった。説教ですか。 子どもができたらどうするの?あなたの言動のせいで、子どもに嫌な思いをさせるつもり? 何なんですか、もう。口を開けば説教ばっかり。昭和の口うるさいお姑さんみたいなの、もう時代遅れなんですけど。 生まれが昭和の口うるさいお姑さんですよ、ええ。 開き直るとか、最悪なんですけど。 お説教されたくなかったら、されないような言動をしなさい。それができたら、私も卒業してあげるから。 はいはい、もういいです。お母さんの説教なんて、お腹いっぱいです。 まだ話は終わってないわよ。 ブーブー。ケチケチおばさん。もう知りません。 数十分後。 お父さん。ねえ、ちょっといい? おう、七美か。どうしたんだ? お母さんがね、意地悪するんですよ。ひどいんです。 意地悪?また何か言われたのか。 ちょっとお肉を分けてくださいって言っただけなのに、ダメだって。それで、他にもいろいろひどいこと言われて。私、何も悪いことしてないのに。 ふうん。そうか。 お父さん、私がかわいそうでしょ?ねえ、お父さんもそう思うでしょ? まあなあ。七美も大変だったな。 お父さん。ねえ、ずっと思ってたんだけどさ。 うん?なんだ? お父さん、あんな人といつまで夫婦やってるつもり?正直言って、お父さんには釣り合ってないと思うよ。 釣り合ってない?俺と、さち子が? そうですよ。お父さんって、年齢の割に全然若く見えるし、かっこいいじゃないですか。 おお、そうか? そうですよ。渋かっこいいっていうか、色気のある大人の魅力っていうか。私、お父さんのそういうところ、素敵だと思いますよ。 へへ、若い子にそう言われると、お世辞でも嬉しいもんだなあ。 お世辞じゃないですよ。ねえ、お父さんって、もうすぐ定年でしょ? ああ、今月で定年だな。 全然、定年には見えないですよ。私、最初に聞いたとき、びっくりしましたもん。 ははは、七美は口がうまいなあ。それに比べて、うちのやつは…まあ、年相応のばあさんって感じだし、口うるさいし、金に細かいし。まあ、我ながらよく我慢してやってるよ。 でしょ?だったら、これを機に離婚しちゃえばいいじゃないですか。 離婚?それはちょっと… 今時、離婚なんて普通ですよ。熟年離婚だって、よく聞きますし。 そうは言うけどなあ。俺たちの世代は、やっぱり離婚には抵抗があるっていうか。 … Read more

24 September 2026

ハワイ行きの飛行機に乗り込んだ瞬間、母から届いたLINEを見て血の気が引いた。「今日の便、キャンセルしといたから。ホテルもね」。え?だって私、今まさにその飛行機の中にいる。隣では夫の京介がグーグー寝てるし。昨日、母に「母さんには12時発って伝えてたけど、本当は10時発なんだ」って嘘をついた。母を置いて、京介の彼女の両親と親睦を深めるために。母が必死に貯めたお金で予約した旅行を、私たちだけで楽…

京介、今日のハワイ旅行楽しみね。私もそろそろ空港つくわ。ウキウキワクワク。 楽しそうなところ悪いんだけどさ、ハワイの飛行機もう飛んでる。 え、母さんには12時フライトって伝えてたけど、あれ嘘。本当は10時フライトな。 はあ。 なんでそんなこと? 母さんが一緒だと、まなみの両親が気を使うだろう。 まなみちゃんのご両親? 母さんの代わりに連れてくことにしたんだよ。ほら、親高校ってやつ。 親高校ってあんた?私への親高校はしたこともないくせに? 淡い旅行に母さんは連れていかない。楽しみにしてるところ悪いけど、もう帰れ。 バカ言わないで。今回の旅行はお金出すのも計画したのも私よ。 色々と手配してくれてサンキュー。俺たちだけで楽しむわ。 だからちょっと待ちなさいって。京介もまなみちゃんも知ってるでしょ? 知ってる?私がこの旅行にかけてる思いよ。 ああ、去年亡くなった親父との約束だっけ? そうよ。お父さんと約束してたの。新婚旅行で行けなかったからいつか行こうって。去年の結婚記念日だったか。ようやく約束を果たせるってなったけど、お父さんが事故で亡くなった。だから今年私だけでもその約束を守ろうと思ったの。 で、1人で行くのもなんだからって俺とまなみも誘ってくれたんだろ。知ってるよ。 なら私を置いていくなんてしないでしょ。 するんだよな。これがあんたね。てか俺もまなみも最初から母さん連れてく気なかったし。出発日の飛行機だけは自分たちで手配するなんて言い出したのもこのためだったのね。気づくのがおせえよ。宿泊先のホテルや帰りの便は母さんが予約してんだろ。それ使わせてもらいます。 けーしゃーとなんだっけ? 何がよ? 母さんの優の目。そうそう。人生楽しんだもんがち。それが普段から母さんはヘラヘラしてんだしさ。こういう状況でも楽しめよ。じゃないと人生負けちゃうぞ。 本当に最低。 笑ってりゃいいことあるってよく言ってんじゃん。俺たちのことも笑って見送ってくれよ。 そう、あんたの考えはよくわかりました。楽しんできなさい。 悪いね。母さんの分も俺たちが楽しんで笑顔になってくるわ。 8時間後ハワイ到着。 ああ、ハワイの空気って美味しいですね。 まなみさん、まだ空港に着いたばかりでしょ。 空港の空気ってそんなに美味しいのね。 うわ、お母さんダっさ。置いてかれたからって負け惜しみですか? かもね。というかまなみさんは毎年ハワイ行ってるのよね。 そうですね。うちは両親がお金持ちなんで。ハワイ旅行は毎年の恒例行事ですよ。 ならなおさら分からないんだけど。 何がです? いいや。 私が計画したハワイ旅行を奪った意味よ。まなみさんのご両親だって自分で行けるでしょ。 はあ。それはですね、実は私京介と結婚してから大変なんですよ。結婚してから生活レベルがガクッと落ちたんです。うちの両親も結婚後は自力でとか言ってくるし。 でも住んでるマンションはご両親のだったと思うけど。 結婚祝にもらったマンションですね。けどこれだけです。あとはなし。 いや、十分でしょう。 そのせいでこっちは大迷惑ですよ。毎年恒例だったハワイ旅行も行けなくなって、友達にもセレブとか言われてるんです。 それは友達が悪いような。 今まで散々私が羨ましいとか言ってたくせに。というかそもそもの話としてまなみさんって専業主婦よね。 ですけど、今の時代専業主婦ができる時点で問題ないでしょう。セレブではないにしても生活に困ることもない。 だめです。セレブ出身の私は一般人レベルで測れない女なんで。 そうですか。 でもやっぱりわからないわね。私は元々あなたたちも一緒に旅行に行く予定だったのに。 親子高校ですよ。あなたのご両親への。ほら今年私たちの折でハワイ旅行ですよ。 いや私の折だけど。 そんなの言わないとわからないんで。で、うちの両親の性格からしたらお返しは確実。来年のハワイ旅行代を出してもらうってこと。すでにそういう話が出てるんですよ。これで2年連続ハワイ旅行確保成功です。 たったそれだけのために。 あとうちの親が金銭管理がどうのこうのうるさかったんで、ハワイ旅行に連れて行ける余裕があるぞって見せつければ、今後は黙るかなって。 くだらない。 そのくだらない話でハワイ旅行を逃したんですけどね。 … Read more

23 September 2026