空港のロビーで、私のスマホに届いたメッセージはたった一行だった。「悪いな。今回は留守番ということにしてくれ」。隣では夫が、義母が、もう保安検査場の向こうに消えていた。あの日、リビングで夫が「母親の還暦祝いにニューヨーク旅行を贈りたい」と言い出した時、私は心から協力しようと思った。ホテル代四十万、私も出すつもりでいた。なのに——。「お袋がさ、どうしてもお前との旅行は嫌だって言い出してな」。電話…

誠司がリビングのソファに座ったまま、スマートフォンのカレンダーを見つめながら言った。かおりはキッチンで湯を沸かしながら、何の気なしにその言葉を聞いていた。 「なあ、かおり。来月、母さんの誕生日なんだよ。」 「ああ、そうなの。お父さんと二人そろって六十歳になるんだっけ。」 「そう。二人とも還暦を迎えるんだ。」 かおりは湯呑みにお茶を注ぎながら、何かを考えるように目を細めた。夫の誠司は、こういう切り出し方をする時はだいたい何かを頼みたい時だ。結婚して何年も経てば、そんなことくらい察しがつく。 「それで、何か考えてるの。」 「実はよ、二人にプレゼントを考えてるんだ。ニューヨーク旅行とか、どうかなと思って。」 かおりは湯呑みをテーブルに置き、誠司の方を向いた。 「ニューヨークって、あのニューヨーク。」 「そう。二人の新婚旅行の行き先だったんだって。それからずっと行きたい行きたいって言ってたのに、なかなか行く機会がなくてな。で、せっかくだから、これをいい機会に二人を連れて行ってやれないかなと思って。」 「でも、それってすごい額になるんじゃないの。飛行機代もホテル代も、食事代もかかるわよ。」 「もちろん、簡単に出せる額じゃないってことは分かってる。でもな、やっぱり親には苦労をかけたからな。それくらいはしてやりたいんだ。」 誠司は真剣な目でかおりを見た。かおりも、その目を見て、断れないなと思った。 「分かったわ。でも、さすがに二人だけで出せる額じゃないでしょ。私も協力するわ。」 「本当か。助かるよ。もちろん、俺たちも同行するからな。せっかくなら四人で楽しい旅行にしよう。」 「え、私たちも行くの。」 「当たり前だろ。二人だけをニューヨークに放り出すわけにはいかないだろ。それに、かおりもニューヨークに行ったことないだろ。」 「それはそうだけど……。でも、ちょっと待ってよ。私の両親のことはどうするの。うちの親ももうすぐ還暦を迎えるのよ。そっちのお祝いもちゃんとしたいんだけど。」 「大丈夫だって。そっちの時は、俺もちゃんと協力するよ。夫婦だろ。どっちの親の時も、ちゃんと合わせていくよ。」 かおりは腕を組んで、しばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりとうなずいた。 「分かったわ。それじゃあ、飛行機代は誠司が取ってくれるの。」 「ああ、四人分のチケットは俺が取るよ。ホテル代はかおりが取ってくれないか。」 「ホテル代ね……。まあ、それくらいならいいわよ。ありがとう。」 「こちらこそ。きっと両親も喜ぶよ。……なあ、かおり。一つだけ気になることがあるんだが。」 「何。」 「向こうで、お袋から嫌みとか言われないよな。」 かおりは一瞬、目を細めた。が、すぐに笑顔を作った。 「そんなことないわよ。私たちのプレゼントで海外旅行に行けるんだから、ちゃんと感謝してくれるわよ。たぶんね。」 「それならいいんだけど。」 誠司はそう言って、ソファに深く座り直した。かおりはその横顔を見ながら、心の中でため息をついた。義母のことだ。何か言われるかもしれない。でも、それを言ったら何も始まらない。 「それじゃあ、日程を決めるために、みんなでLINEグループを作りましょう。私がいい感じのお店を探しておくから、みんなの希望を聞かせてちょうだい。」 「ああ、頼む。できればレベッカも呼べないか。あいつ、ニューヨークに住んでるんだろ。」 「え、レベッカに会えるの。それなら絶対に呼びましょうよ。久しぶりに会いたいわ。」 「だな。それじゃあ、連絡しておくよ。」 数日後、かおりはスマートフォンの画面を見ながら、ビデオ通話を開始した。相手は、ニューヨークで暮らす親友のレベッカだった。 「レベッカ、久しぶり。元気にしてる。」 「ああ、香織。元気よ。どうしたの、急に。何かあったの。」 「実はね、今度ニューヨークに旅行に行くことになったのよ。両親の還暦祝いを兼ねてね。」 「まあ、すてきじゃない。それで、私に会えるのを楽しみにしているってわけ。」 「当たり前でしょ。あなたは私の親友でしょ。日程が決まったら教えるから、都合が合えば会えないかしら。」 「もちろんよ。私の方こそ、いつでも会いに行くわ。日時を教えてくれれば、どんなに忙しくても調整するから。」 「ありがとう。それでね、もしよかったら、あっちで何かいいレストランとか教えてくれない。せっかくニューヨークに行くのに、どこがいいのかさっぱり分からなくて。」 「任せて。私がいいところを全部紹介するわ。観光スポットも、美味しいお店もね。あなたの希望を聞いて、スケジュール組んであげる。」 「え、でも、そんなに頼んで大丈夫。」 「大丈夫よ。時間を見て予約を取るくらいできるから。ホテルはもう決めてあるの。」 「いや、それがまだなのよ。これから誠司と相談して決めるところ。」 「それじゃあ、決まったら教えて。私も一緒に考えてあげるから。」 「ありがとう。本当に助かるわ。」 かおりは通話を終え、スマートフォンを置いた。レベッカに頼れるのは心強い。ニューヨークに着いてからも安心だ。 それから数日後、かおりは再びレベッカと連絡を取り合っていた。ホテルの候補をいくつか教えてもらい、その中からマンハッタン中心部にあるホテルに決めた。一泊十万円。決して安いとは言えないが、せっかくの旅行だ。両親も喜んでくれるはずだ。 かおりはスマートフォンを手に取り、誠司に電話をかけた。 「ねえ、誠司。ホテルなんだけど、マンハッタン中心部にあるホテルにしようと思うんだけど、どうかしら。」 「ああ、それでいいよ。いくらくらいだ。」 「一泊十万円で、四泊するから、ホテル代だけで四十万ってところかしら。」 電話の向こうで、誠司が息を呑むのが分かった。 … Read more

27 September 2026

母さん、時間を作ってほしいと連絡した瞬間、電話の向こうで「はあ?今さら何なの」と冷たい声が返ってきた。私はすぐに伺うと伝えたが、母は「こっちは貧乏暇なしで働いてるんだからね」と吐き捨てるように言った。その言葉に、私は「もし必要なら支援します」と口にした。すると母は「あんた、私たちを見下してるの?偉そうにするんじゃないわよ」と激怒した。私はただ力になりたかっただけだった。それなのに、母は「あん…

母さん、お話したいことがあって、お時間を作ってもらえますか?すぐにそちらへ伺いますので。 はあ、いきなり何なの。そんな急に言われて「はい、どうぞ」なんてならないでしょ。こっちはあんたたちと違って、貧乏暇なしで働いてるんだからね。 定年ではないんでしたっけ? 定年退職はしたわよ。でも年金だけじゃ不安でね、まだ働いてるの。夫も私も、それぞれ別のところでね。 もし必要でしたら、支援はさせてもらいますが。 馬鹿にしないで。あんた、私たちを見下してるの? いえ、そんなつもりは。たまたま仕事でお金を手にしただけのくせに、偉そうにするんじゃないわよ。少なくとも、あんたにそんな顔をされる筋合いはないの。ご不快に思われたなら、すみません。ただ、少しでもお母さんたちの力になれればと思っただけです。 そんなの、あんたに気にされることじゃないわ。こっちはこっちで、好きにやらせてもらうから。 母さん、弘樹と仲直りをしてください。母さんと弘樹の間に、いろいろあったのは知ってます。でも、今はそんなことを言ってられる場合じゃないんです。 何よ、それ。 夫がずっと体調が悪いって言うんで、病院に行ったんです。そしたら、膵臓がんだって言われて。膵臓ですよ。 ……お医者さん曰く、かなり進行してるらしいです。放射線治療とかで進行を遅らせることはできるかもしれないけど、もう完治は難しいって言われました。 つまり、もうあまり長くないってことね。 母さん、お願いします。これからはお互いのわだかまりなんてなくして、夫と親子として、昔みたいに触れ合ってください。夫に、一つでも心残りを持ってほしくないんです。 ちょっと考えとくわ。 母さん、考える時間なんてないんですよ。 うるさい。あんたは出しゃばってこないで。これは家族の問題よ。私があいつにどれだけ裏切られたと思ってるの?そのことを、今更なかったことになんてできないのよ。 どうしてそこまで? あんたに、どうこう言われる筋合いじゃないわ。 弘樹はもう長くないんですよ。 だから何よ。どうするかは、こっちが決めるわ。病気を盾に攻めてこないで。こっちの気持ちを、踏みにじらないで。 お願いします。母さんなら、賢明な判断をしてくれると思ってます。 ふん、あんたに言われる筋合いはないわ。 しばらくして、夫が家にやってきた。 おお、久しぶりだね。どうかしたのか。 お父さん、話は聞いてないですか? 話? 母さんから、何も言われてないんですか? 何をだい? 実は、弘樹が膵臓がんで、もう長くないんです。医者から、余命は長くないって言われて。 なんだって……。 それで、お二人に弘樹のお見舞いに行ってほしいんです。いろいろあったのは分かりますが、お願いできますか? ……私は個人的には、弘樹に何の怒りもないんだよ。 喧嘩をしているのは、母さんと弘樹だったんですよね。 そうだな。私はできるだけ間に入るようにしていたんだ。そんな時に弘樹は君と結婚してね。それで、私が弘樹の味方をしてしまうと、歩が一人ぼっちになってしまう。それは避けないといけないと思ってたんだ。 ずっと、お母さんのために、一緒になって距離を取っていたんですね。 夫婦として、あいつの味方ではいてやりたいと思ってたんだ。魔理沙がそばにいてくれれば、弘樹は大丈夫だろうと思ってたからな。 今までお気遣い、ありがとうございます。ですが、今後は……お母さんを説得する方向でお願いできますか?弘樹は、もう就活をしないといけないので。 君も大変だね。 まだ、現実感がないんです。だからこそ、こんなふうに冷静でいられるんだと思います。お願いします、お父さん。弘樹のために動いてください。 ……分かった。なんとかやってみる。 ありがとうございます。うちのマンションのカードキーを送らせてもらいます。これを使えばいつでもうちに入れるので。オートロックの暗証番号も送ります。 ああ、分かった。なんとかしてみるよ。 それから一週間後。義母の家に、弘樹の学生時代からの友人だと名乗る男が訪ねてきた。 お久しぶりです。覚えてらっしゃいますか?木島明彦です。弘樹とは学生時代からの友人で、何度か食事にも行ったことがあるんですけど。 ……ええ、覚えてますよ。 突然すみません。弘樹から連絡先を教えてもらいました。病気についても聞かされましたよ。 そうでしたか。 まさか、あいつがこんなことになるなんて。本当に神様なんていないんだなって思いましたよ。誰よりも仕事を頑張って、誰に対しても優しく接していた弘樹に、どうしてこんな仕打ちなんだって。……すみません、愚痴を聞かせてしまって。それで、どうしてこちらに? 実は、弘樹からこれからのことについて、いろいろと相談を受けたんです。 相談? ええ。私は司法書士をしてるんですが、権利関係のことを任せたいと言ってくれたんです。まあ、昔からの付き合いだから、信頼してるって言ってくれてね。 そうだったんですか。 それで、奥様ともいろいろと話し合いをしたいので、お時間を作ってもらうことはできますか?LINEでのやり取りは可能でしょうか? できれば、時間がある限りは、今は弘樹と一緒にいたいんです。 … Read more

27 September 2026

幼なじみが私の結婚式のケーキに突っ込んできた瞬間、会場が静まり返った。「この泥棒猫!」と叫ぶアカの声だけが、妙に響いていた。数日前、彼女は私に「かずやを返せ」とLINEで何十通も送ってきていた。私はただ、夫になる人を愛していただけなのに。なんでこんなことになったのか、頭が真っ白で。それでも、指輪をはめた手を見て、笑うしかなかった。あの日、私は決めていた。この結婚を守ると。

美ゆ、お前また残業してるのか?かずや。なんで私が残業してるかわかる?なんでって?この間あなたが持ってきた契約、あれの後始末に奔走してるからでしょ。 後始末って?あの契約は我が者にとっていい契約だっただろう。 表面上はね。でも実際には論外、話にならない。 そこまで言わなくても。かずや、あなたまた相手の話を鵜呑みにしたでしょう。 いや、うちと携を組みたいって話だろ。ちゃんと詳細も確認したぞ。 じゃああの会社の昨年の業績は確認した?してないけど、でも大幅な黒字だったはずだ。 黒字寸前だけどね。うちに定型携を頼んできたのは契約のため。それで一時しのぎでもしてなんとかしようってなのよ。 そうだったのか。 かずや。あなたは人を信じすぎよ。もちろん人を信じることは素敵なことだけど、次期社長としてもう少し疑うことも覚えないと。 悪い。 私はね、あなたの妻として支えていきたいって思ってるけど、それにも限界があるってのは分かっておいて。 親父みたいなことを言うんだな。 お父さんと私は現実主義だもの。 俺が理想家だって言いたいのか? そこが悪いとは言ってないでしょう。私とは違う視点で見れるのは素直に尊敬してる。 それは分かってるよ。 けど金だけが全てじゃないだろう。会社経営だってもっと人と人の関係を大事にして。 その気持ちも分かるけどね。いい顔するだけじゃ会社は経営できないと思うの。あなたの判断ひとつに社員の人生がかかってるんだから。 そうだな。気をつけるよ。 かずやは優秀なんだからさ。もっと自分に自信を持って。 お前は俺の母ちゃんか。 母ちゃんじゃなくて妻ね。 いい奥さんが持てて俺も嬉しいよ。 私もあなたみたいないい旦那がいて幸せよ。まあ、ちょっと夢見がちすぎるけど。 悪かったって。そういえばなんだけどさ。 何? 今度の俺たちの結婚式やるだろう。 あ、仕事が忙しくて後回しにしてた。 それがあれ、アカも呼んでいいか? アカってあなたの幼馴染みの? そうそう。あいつも参列したいって連絡が来たんだよ。 ええ、私あの人苦手なんだけど。なぜか目の敵にされてるし。 そう言わずに頼むよ。俺にとってアカは家族みたいなもんなんだ。 それは知ってるけど。 頼む。 あ、かずやがそこまで言うならいいよ。 ありがとう。 けど私が何か言われてたら助けに来てよ。 分かってる。まあ、さすがのアカもめでたい日に何かすることはないだろう。 だといいんだけどね。 数日後。 みゆさん、あなたは本当に最低な女よ。 アカさん。 いつも言ってますよね。 何をよ。 LINEしてくるなら、せめて会話をしましょうって。 は?何?どういうこと? アカさんはいつも一方的なんですよ。知ってます?LINEはコミュニケーションツールです。 コミュニケーションは取ってるでしょ? 取れてないから言ってるんですよ。私がかずやにふさわしくないとか、離婚しろとか、一方的に罵倒するのは会話じゃありません。 お黙り。 お黙りって、どこのお嬢様ですか?私はね、怒ってるのよ。大体アカさんが連絡してくる時は怒ってません。私、知ってるんだから。 何をですか? あなた、金のためにかずやと結婚したんでしょ? はい。どういうことですか? … Read more

27 September 2026

「お母さん、もう無理です。出て行ってください」——その言葉を聞いた瞬間、私は自分の耳を疑った。数日前まで、私は腰を痛めて寝込んでいた。動くたびに激痛が走り、家事も満足にできなかった。それでも、私はこの家にいた。息子と嫁の生活を支えるために。でも、嫁のサナは違った。「ぎっくり腰の時、本当に迷惑でした」と、私の顔を見て平然と言った。「介護なんて始まったら耐えられません」。その冷たい目が、私の胸に…

母さん、もうあなたとの同居は限界です。 え、さなさん急にどうしたの? お母さんの介護とかしたくないですし、同居は解消します。 だから急にどうしたの?そもそも私、まだ56よ。体だって健康だし。 将来的な話ですよ、それは。それに、この間のぎっくり腰。 え、ぎっくり腰? あの時に通感しました。こんな、墓に片足突っ込んだババアとの生活は無理だって。 いやいやいや。いくらなんでもそれは言いすぎでしょ? 言いすぎじゃありません。 確かに、ぎっくり腰の時は色々と手間を取らせたけど。 取らせたってレベルじゃないですよ。ちょっと動くだけで腰が痛いって騒いで、悶絶してるようなもんでしょ。家事もできずに寝てるだけで、はっきり言って超迷惑でした。 そんなこと言われても。 あの時確信しました。数日のぎっくり腰でもあの迷惑さ。介護なんて始まったら耐えられません。 そんな。 というわけで、我が家から出てってください。できれば今すぐ。 だから本当にちょっと待ってって。家から追い出されたら行く場所がないんだけど。 お母さんの実家があるじゃないですか。 あなたに言われて売っちゃったわよ。 え?そうでしたっけ? そもそもこの同居だって、あなたの提案じゃない? だとしてもです。 というか、私が出て行って本当に大丈夫なの? どういう意味ですか? だってあなた、言うならば生活力に不安があるでしょ。 問題ありません。 そう言うけどね。 いいですか、お母さん。 はい。 ゆとはもう立派な大人です。 そうね。 そもそも、夫の管理は妻の仕事ですから。 そうね。 なんでちょっと疑問系なんですか? いや、だって普段のあなたたちを見てると、そういうのはいいんです。 良くはないでしょ。 お母さんは過保護すぎるんですよ。 過保護?私が? そうです。「崖から突き落とす」つって。 あ、そうだっけ。 そういうことですよ。 どういうこと? つまり、可愛い子には旅をさせよってことです。 ああ。まあ、なんとなくだけど、言いたいことは分かったわ。 分かってくれましたか? 確かに、このままじゃダメだと思ってたし。 そうです、そうです。さっさと私たちを崖から突き落としてください。 なんか違う気がするけど。でも本当にいいのね。 嬉しいわ。子供の成長を喜べる親で良かったですよ。 そうね。分かったわ。出ていきます。 じゃあすぐにお願いします。 同日。 母さんから連絡来てたよ。うちから出てくって。 はあ?本当に? さ、なんか親戚の家に行くんだって。 親戚?ああ、そういや、もう実家売ってたな。同居始める時に。 … Read more

27 September 2026

病院の売店でコーヒーを買った直後、スマホが鳴った。母からだった。「大きい子が生まれたのね。おめでとう」——その声は嬉しそうだったのに、私はこの電話がすべてを壊すことになるなんて、その時はまだ知らなかった。翌日、病室で妻がベッドの上から私を見上げた。目が笑っていなかった。「お義母さん、孫に会いに来ないでください。金が映ったら困るんで」。え、金? 何の話だ?…

電話が鳴ったのは、ちょうど俺が病院の売店でコーヒーを買ったあとのことだった。相手の顔は見なくても分かる。母からだった。 「大きい子が生まれたのね。おめでとう。みさんにもお疲れ様って伝えてくれない? 」 「ありがとう。顔は見たいんだけど、出産直後で大変だろうから、日程を調整したいの。私が直接話すと断りづらいでしょう。話しておいてくれない? 」 「ちょっと待って。みに先に相談するから」 「そうね。ちゃんとお嫁さんへの気遣いができてて安心したわ」 「俺だってちゃんとしてるよ。もう父親なんだし。また連絡するから」 そう言って電話を切った。病室へ向かう足が重かった。次の日、病室のみはベッドの上でスマホを見ていたが、俺が入っていくと画面から顔を上げた。目が笑っていない。 「お母さん、話は聞きました。直接言ってくれたらいいのに。出産で疲れてるのに義母の相手なんて嫌でしょ。でも連絡してくれて嬉しいわ」 「いや、ちゃんと言っとかないとなって」 「はっきり言いますけど、あの孫に会いに来たって言われてもいい迷惑。金が映ったら困るし。赤ん坊に絶対近寄らないでください」 「え? 金? 金ってどういうこと? 」 「お母さんって大機の子育て失敗したじゃないですか。聞きましたよ。家庭で結構苦労したって」 母が押し黙る気配がした。受話器越しでも声の色が変わったのが分かった。 「それは確かに、たくさん苦労をかけたわ。でも大機はちゃんと育ったでしょ。立派に働いて家庭も持って」 「でも育った過去は変えられないし、大機言ってましたよ。幼少期は不幸だったって」 「あの子がそんなことを……そういう風に考えてる時点で、幸せじゃないですし。子育て失敗の金が映ったら困るんですよ。ダメ親の育児なんて参考にならないし、赤ちゃんには空教でしょ」 「失敗って……私なりに一生懸命育てたのよ」 「一生懸命。それで大機が寂しい子供時代を送ったって散々愚痴化されましたけど。仕事ばっかりで放置されてたって。かわいそうですね」 「それは生活のために仕方なく……」 「言い訳。やっぱりお母さんの育児方針って、完全に時代遅れじゃないですか? 」 「時代遅れ? 」 「今は科学的な育児が主流なんですよ。お母さんみたいな感覚だけの育児は、むしろ害悪です」 「確かに私は胸を張って立派な子育てをしたとは言えないわ。でもあなたはまだ母親になったばかりでしょ。そんな風に言われたくないのだけど」 「私は私なりに勉強してます。育児書二十冊読んで、専門家のアドバイスも受けてますから。お母さんに教わることなんて何一つありません」 「本と実際の育児は違うのよ。それに私には経験があるわ」 「経験? 失敗した経験ですよね。むしろお母さんの常識って、昭和で止まってると思うんですよ。今は令和ですよ」 「時代は変わっても、子供を愛する親の気持ちは変わらないわ」 「愛する気持ち? それで放置してたんですか? 矛盾してますよね。家庭ってやっぱり、どこか歪んでるじゃないですか」 そこで母の声が途切れた。その後、低く静かな声で母が言った。 「ちょっと待って。それは言いすぎじゃない? 」 「とにかく私は、お母さんみたいな失敗を繰り返したくないんで。私の母は完璧な育児をしてくれました。だから私も完璧な母親になれるんです」 「完璧な親なんていないのよ。みんな手探りで育てるの」 「お母さんみたいな中途半端な親とはレベルが違うんですよ。分かりますか? 」 「……分からないわ。だって、失敗した人には成功が分からないんですもんね」 「分かったわ。もう何も言わない。三日後すぐで気が立ってるのに。こちらも配慮が足りなかったわ」 「とにかく、お母さんの古臭い価値観を押し付けられるのは迷惑なんで。来ないでくださいね。赤ちゃんのためですから」 通話が一方的に切られた。母はしばらく受話器を握ったまま動けなかった。 その夜、母は俺に電話をかけてきた。声が震えていた。 「大機、今日、みさんに言われたのだけど。私、気に触ることを言ってしまったかしら」 「母さんは、無意識に人を傷つけるから。何か言ったんだろ」 「え? えって何? 俺が味方すると思ったのか? … Read more

27 September 2026

「ひろみ、もう終わりにしよう」——その一言で、リビングの空気が凍りついた。何事もない平日の夜、私は翌日の仕事の準備をしていただけだった。夫はソファに座ったまま、こちらを見ようともしなかった。「え、何よ?急に。どうして離婚なんて話になるのよ」と私が聞くと、彼は「お前との生活は息が詰まるんだよ」とだけ言い放った。後ろめたいことがあるからそう思うんでしょ、と詰め寄ると、彼は「ああ、そうだよ。もう結…

「ひろみ、もう終わりにしよう」 その一言が、リビングの空気を凍らせた。 「え、何よ?急に。どうして離婚なんて話になるのよ」 「俺たちはもう終わりだって言ってるんだ。離婚届けはリビングに置いてある。それにサインをして役所に出しといてくれ」 「ちょっと待ってよ。いきなりすぎるでしょ。何があったのよ」 「お前との生活は息が詰まるんだよ。いつもお前に何か監視されてるような気持ちなんだ」 「ふざけないでよ。あんたに後ろめたいことがあるからそう思うんでしょ。普通の人はそんなこと思わないわよ」 「お前には何も分からないんだよ」 「だったらどうして私なんかと結婚したのよ。今さらそんな理由で離婚なんて、ありえないわ」 「もう我慢の限界なんだよ。家族のことも、お前は全然かえりみてないじゃないか。俺はそんなお前との結婚生活は無理なんだ」 「何よそれ。……みかたちはあんたが引き取って育てなさいよ」 「そう言うと思ったわ。家族のことをかえりみてないとか言いながら、早速子供を放棄するのね。まあ、別にいいけど。私にとってあの子たちは宝物だから。あんたに言われなくても、離婚するなら親権は主張するつもりよ」 「それなら早く離婚の手続きを進めてもらえるか」 「分かりやすいくらい焦ってるわね。何?愛人から結婚をせかされたりしてるの?」 「何のことだ?」 「ばらしても無駄よ。あんたの行動を見てれば、離婚の理由なんてすぐ分かるわ。こんなタイミングで離婚なんて、不自然すぎるんだから。どうせバレることなんだから、今のうちに吐いた方がいいわよ。言っておくけど、私に嘘なんて通用しないからね」 「……ああ、そうだよ。もう結婚を決めてる相手がいるんだ」 「やっぱり不倫してたってわけね」 「俺はもっと仕事で成果を上げて、金を稼げるようになりたかったんだ。そのためにはかなりストレスのある環境で働かなきゃならない。そんな俺には、どうしても癒しが必要だったんだ」 「嫌らしいの間違いよ。訂正しなさい」 「とにかく、お前と一緒にいても何も楽しくなかった。このままの状況で成功が見込めるとは思えなかった。だから、お前と離婚することを決めたんだ」 「はあ、随分と自分勝手な話ね。でも、まあ、あんたがそれでいいなら離婚でも何でもしてやるわ。ただし、慰謝料はきっちり払ってもらうから。あと、子供たちの養育費もね」 「俺たちが金を使いたくなかったが……まあ、仕方ない。損して得取れ、ってな。私たちへの支払いを損とか言わないでほしいわね」 「とにかく、さっさと離婚してくれ。お前たちの要求は何でも飲んでやるから」 「そうさせてもらうわ」 それから5分後、ひろみは深呼吸をして、娘のルナの部屋のドアをノックした。 「いい?ちょっと大事な話があるんだけど、いいかしら?」 「どうかしたの?」 「ルナにも連絡したんだけど、返事がなくてね。先にあなたにだけ伝えておこうと思って」 「ルナは多分、今はまだ部活だよ」 「そう。……あなたは勉強中?」 「うん。……と言っても、いい動画を見てるだけだけど」 「まあ、それも立派な勉強でしょ」 「うん。お母さん、家にいるの?それならすぐにでも帰るけど」 「ううん、まだ仕事中だから。だから、そのままで聞いてね」 「どうしたの?」 「私ね……お父さんと離婚をすることになったの」 「え?なんで?」 「ごめんなさいね。こんなことになってしまって。お父さんから急に離婚したいって言われたのよ」 「……マジで?それって、不倫とか?」 「そうなるわね。お父さんには、他に交際してる女性がいたのよ。それで、その人と結婚するんだって言うの。だから、私とは離婚するっていうことになったのよ」 「私たちは、どうなるの?」 「もちろん、お母さんと一緒よ。あんな人のところに行く必要はないわ」 「ああ、それは良かった。マジであんな奴のところになんて行きたくなかったもん。ルナも一緒?」 「一緒よ。私たち、双子だから気持ちは分かるわよ。私たち2人とも、あいつのこと全然好きじゃなかったし。いっつも不機嫌でさ、私たちのことなんて全然かえりみてない感じで、頭の中は出世とか金のことしかないのが丸見えだったもん」 「そうね。よく分かってるわね。これからは、私たち3人でやっていくってことになるわ。できるだけ、あなたたちに迷惑をかけないようにお母さん頑張るから、協力してくれる?」 「当たり前でしょ。私たちはいつだってお母さんの味方よ。あんな人のことなんて、何ひとつ気にしなくていいからね」 「ありがとう。……ルナにも私から話をしておくから」 1年後。 玄関のチャイムが鳴る。ドアを開けると、そこには見慣れた郵便配達人が立っていた。しかし、その手に握られていたのは、見覚えのある住所から送られてきた、白い豪華な封筒だった。 ひろみは封を切り、中身のカードを開いた。そこには、花嫁と花婿の名前と、披露宴の招待状が印刷されていた。花婿の名前は、かつての夫、雪夫の名前だった。 「これは……どういうつもり?」 しばらくして、ルナとミカがリビングに集まっていた。 「これ、まさか結婚式の招待状?」 「ええ、ばっちり届いてるわよ。よくもまあ、こんなふざけたものを送ってくるわね」 … Read more

27 September 2026

式の直前、私は陣痛の痛みで携帯を握りしめていた。「おい、早く来いよ。妊婦だからって言い訳はなしだぞ」という夫のLINEに、私は必死に「陣痛かもしれない。病院に行きたい」と返した。なのに返ってきたのは「便秘かよ。こんな時にやめろよな」という言葉。臨月の私のお腹は、いつ生まれてもおかしくない状態だった。それでも夫も義母も「今日は妹の結婚式が最優先」と聞く耳を持たず、しまいには「来ないなら離婚だか…

「おい、早く妹の式場に来いよ。妊婦だからって言い訳はなしだぞ。もう安定期なんだし、きびきび動けっての」 「いや、安定期どころか臨月なんだけど」 「ああ、でも安定期には変わりないだろう」 「いつ生まれてもおかしくないのよ。今だってお腹が痛くて」 「はあ。便秘かよ。こんな時にやめろよな」 「違うわ。そういう痛みじゃないの。これ、多分陣痛かもしれない。そうじゃなくても病院に行かないと」 「なんだよそれ」 「うん。けどまあ、通っても仕方ないか」 「だから陣痛かもって言ってるでしょ。予定日はまだ先じゃないか。ちょっとお腹痛いからって、何でも陣痛ってするなよ」 「なんですって?赤ちゃんがいるのよ。少しのことでも不安になるのは仕方ないじゃない」 「はいはい。分かった。分かった。なら結婚式が終わり次第、病院に連れて行ってやるから、保険証持って来いよ」 「はい。今なんて。だから病院に送ってくれるって?」 「いや、その前よ。式の後に結婚式には参加しろってこと?」 「そうだよ。何驚いてんだ。今日は妹の結婚式なんだし、参加するのは当たり前だろう。ただの腹痛でドタキャンとか、非常識なことするなよな」 「だから陣痛かもしれないって言ってるでしょ」 「そんなの医者じゃないのになんで分かるんだよ。お前だって出産は初めてなんだし、腹痛と陣痛の区別なんて分からないだろう」 「あなたよりは分かるわよ。当事者なんだし。それに痛む箇所が違うんだから、間違えないわよ」 「ああ。うっざ。大体、LINEだって打ててるんだろ。元気だろ。さっさと来いよな」 「信じられない。お腹のこのことより結婚式を優先するなんて」 同時刻。 「みささん、今日は娘の大事な結婚式なの。絶対に遅刻しないでね。あの子は優しく言ってるけど、家族の結婚式に遅刻だなんて、そんな恥ずかしいことしないでちょうだい。つらよごしよ」 「お母さん、健太から何も聞いてないんですか?」 「何もって、何のこと?」 「実は陣痛の兆候があって。だから病院に行こうと思ってます」 「ちょっと待って。まだ予定日まで1週間あるでしょ。気のせいじゃないの?」 「でも本当に痛くて。それに臨月ならいつ生まれてもおかしくないですよね。もし陣痛じゃなかったら、それはそれで診てもらわないと」 「今日は娘の結婚式が最優先なの。陣痛くらいで大騒ぎしないでちょうだい。全く」 「はい」 「とにかく、絶対に来てね。お腹が大きいなら、多少無理しても大丈夫でしょ」 「待ってください。お母さんまでそんなこと言うんですか?」 「あなたも母親になるなら、子供の恥になるようなことしないこと。生まれてきた子に『あなたのお母さんはお腹が痛くて無駄に騒いで、人の気を引こうとしたの。だから大事な結婚式に遅刻した、恥ずかしい人よ』なんて言われたくないでしょ」 10分後。 「健太、やっぱり無理。赤ちゃんのことが最優先よ。病院に行くわ。お母さんにはうまく説明しておいて」 「はあ。陣痛ごときで妹の結婚式欠席とか、ふざけんの?」 「陣痛ごときって。お腹の赤ちゃんが心配なのよ。あなた、父親でしょ。家族が大事じゃないの?」 「赤ちゃんなんてまだ生まれてないだろう。それなら今いる妹の式の方が大事なんだよ。お前がいないと俺の立場がないんだ。嫁の席が空いてるとか、恥ずかしいだろう」 「そう。結局は自分のことしか考えてないわけね。私は私とお腹の子が最優先よ。あなたたちなんてもう知らない。許可なんて取ろうとした私が間違いだったわ」 同時刻。 「お母さん、やっぱりお腹の痛みが止まらない。陣痛だと思う」 「大丈夫。すぐ行くわ。今向かってるの」 「それで、旦那さんは?」 「あいつ、結婚式に来いの一点張りだった。自分のことしか考えてない」 「そう。やはりね。みさ、これで決心はついたでしょう」 「ついたよ。元々ついてたけど。でも、生まれるってなったら、少しはこの子のことを考えてくれるんじゃないかって、そんな淡い期待を持ってしまった私がバカだったわ。けど、おかげですっきりしたの。すっきり。もうあいつらに何の情も必要ないって。最低な人達だって分かったから」 「みさ、少し耐えられる?お母さん、今向かってるけど、まだ到着に時間がかかりそうなの」 「大丈夫。待ってる。最悪、救急車って手もあるから、絶対に無理しないで」 同時刻。 「みさ、まだ来てないの?式まであと少しなのよ。早くして」 「すみません。体調が本当に悪いんです」 「欠席します」 「欠席?ふざけないで。娘の結婚式よ。家族なんだから出席するのは当然でしょ」 「でも陣痛が来てるんです」 「陣痛くらいで休むなんて甘えよ。私なんて2人産んだけど、そんなに大騒ぎしたことないわ。息子の稼ぎで生活させてもらってるんだから、家族のために尽くすのは当然でしょ。今すぐ準備して」 「もう何を言っても無駄ですね」 同時刻。 … Read more

27 September 2026

突然の電話は、義母からでした。「慰謝料、あんたが払いなさいよ。300万」え?私が?浮気したのは私じゃないのに。冷たい声で聞き返すと、義母は「はるかが泣いてた。あんたに裏切られたって」と怒鳴る。でも、本当に裏切ったのは、はるかの方。私は静かに証拠の写真を送った。すると電話の向こうが、急に静まり返った。「まさか……あの子が」震える声。私は黙って電話を切った。でも、これで終わりじゃなかった。数日後…

嫁の美奈子が突然、義母から電話に出た。直入に言うわよ。離婚の慰謝料、息子だけじゃなくて私にも払いなさい。お母さん。あ、違ったわね。元お母さんでした。 美奈子は電話越しに冷たい声で返した。一体どういう理屈でしょうか。 あんたの浮気が原因で離婚したんでしょ? はい。私は浮気なんてしてませんけど。 嘘をつくな。息子を傷つけられて、私も深く傷ついたのよ。その賠償金を払うのは当然でしょ。 ずっと何をおっしゃっているのか分かりませんが。 とぼけないで。私、全部聞いてるのよ。はるかが裏切られたって泣いてたわ。 嘘泣きです。騙されないでください。 ティッシュを1箱も無駄にしたのよ。濡れてないはずです。もったいない。 ばっくれる気なら、ちゃんと証拠だってあるって言ってるのよ。慰謝料300万は取れるって。 だからといって、お母さんが請求するんですか? 当たり前でしょ。嫁を失って、私の精神は崩壊しそうなのよ。私が何をするにも、あの子は文句ばかり言ってたけど、あれは愛情の裏返しだったのよ。 そんな大金をもらってどうするんですか? 世界一周クルーズに行ってくるのよ。あ、もう予約したから。3ヶ月後に出発なの。急がないと席がなくなるのよ。ペアチケットで330万。心を許した人と2人で行ってくるわ。 呆れました。虎の威を借る狐もいいところですね。悪いですが、1銭も払いませんよ。 なんですって?予約金で30万はもう払ったのよ。でも残りの300万を早く払わないと、キャンセル料とか取られちゃうの。90日前ならキャンセル料はかからないけど、予約金は没収されるってわけ。 そうですか。それなら、どうぞ。裁判でも何でもしてください。ただし、恥をかくのはお母さんの方ですけどね。 はあ、負け惜しみを言わないで。浮気した嫁の分際で、偉そうに。 端的に事実をお伝えしますね。慰謝料を払うべきなのは、息子さんの方です。浮気をしたのは、はるかさんなんですよ。 はあ?何言ってるの?はるかが浮気するわけないでしょ。あの子は潔白よ。私に嘘をつくはずがないもの。 信じるのは自由ですが、こちらにも証拠がありますよ。 捏造したのね。なんて汚い女なの。だったら、そちらの証拠も捏造の可能性がありますね。 そんなわけないでしょ。あんたが私を落とし入れようとしてるだけよ。 そこまでおっしゃるなら、はるかさんに直接確認してみたらどうですか? そんな必要はないわ。どうせ鼻で笑い飛ばされて終わりよ。 では、私の方も笑い飛ばしておきますね。これ以上、無駄な要求をしてこないでください。 逃げるんじゃないわよ。絶対に払わせてやるんだから。 電話が切れた。美奈子は深く息を吐いた。5分後、スマホが震えた。はるかからだ。 さあ、マジで離婚したんだから、もう迷惑かけないでよ。 はあ?何の話だよ。 あなたのお母さんのことよ。悪いけど、今、美奈と旅行中なんだよね。 美奈って誰? ああ、言ってなかったっけ?新しい彼女。 美奈子は眉をひそめた。ああ、家庭崩壊の原因になったゴミのことね。焼いてるの?まさか。 焼くわけないだろ。それより、母さんが何か言ってきたのか? 言ってきたわよ。私に慰謝料300万払えって。あなたが私に浮気されたって設定になってるんだけど、どういうことか説明して。 いや、だってさ。正直に俺が浮気したなんて言えないじゃん。母さん、俺の事、出来合いだと思ってるからさ。ショックで倒れたら可哀想だし。親を思っての優しい嘘ってやつよ。 自分の保身のための最低な嘘でしょ。そのせいで私が攻撃されてるんだけど。 平気だって。ある程度騒いだら落ち着くから。美奈子はメンタル強いし、大丈夫っしょ。俺の浮気にも耐えたくらいだし。 耐えられないから、離婚したんだけど。 まあ、細かいことはいいじゃん。しかも、母さん、クルーズ予約してたわよ。マジで行動力すげえな。 しかも、あなたも一緒に行くことになってるけど。 はあ?俺が?冗談だろ。 ええ、お母さんがすごく楽しみにしてるって言ってたわよ。ペアチケットで330万払ったって。 マジかよ。母さんと2人で海の上なんて、地獄すぎるだろ。なんとか言ってくれよ。 私は払わないわよ。あなたがやったことでしょう。自分で何とかしなさいよ。 頼むよ。話すと長いから面倒なんだよ。どうすんの? 知らないわよ。美奈子は冷たく言い放った。 ちょっと待てよ。俺、そんなに貯金ないんだよ。美奈子だって、あの時、結構ため込んでただろ?300万くらいはあるだろ。手切れ金だと思って、払ってくれよ。 頭のネジが外れてるわね。私への慰謝料も払ってない人が言うセリフよ。あなたが払えばいいでしょ。 無理だよ。皆の誕生日旅行で散財したし、明日からブランド品店巡りするから、金がないんだ。 そんなお金があるなら、早く慰謝料を払いなさいよ。優先順位ってものがあるでしょ。 じゃあ、事実を全部、お母さんに話すわよ。あなたが今、誰と何をしてるかも含めてね。あと、不倫の証拠写真も送っておくわ。 やめろよ。その女のせいで俺たちの夫婦が終わったんだから、事実を知っておいてもらわないと。 俺が時期を見て説明するって言ってるだろ。なんで堂々と紹介できないんだよ。離婚して1ヶ月で新しい女がいるなんてバレたら、俺が疑われるだろ。 … Read more

27 September 2026

週末、義母から電話が来た。「月祝いのバーベキューをやるから来なさい」と。私は妊婦で、そのバーベキューには嫌な思い出しかない。3年前はお肉を一切れも食べられず、次は買い出し中に終わり、その次は服に火をつけられた。断ると義母は「義父が末期がんだから」と言った。私は仕方なく承諾した。当日、義母は笑顔で私の頭からビールをかけた。「妊婦を言い訳にサボる嫁へのお仕置きよ」。周りの親戚は冷たい目で見ていた…

「月祝いのバーベキューをやるから、週末はうちに来なさい」 電話の向こうで、義母が命令するように言った。私はスマホを耳に当てたまま、ため息を飲み込んだ。 「お祝いなら、やめておきます」 「何言ってるの。元気な子が生まれるように、気を遣ってやってるんでしょ」 「できることなら、家でじっとしておきたいです」 「本当に常識がないんだから。妊婦は動かないといけないのよ」 「はい、知ってます。自宅の周りを毎日散歩してますから」 「だったら問題ないでしょ」 私は目を閉じた。この会話、何度も繰り返してきた。義母が主催するバーベキューには、嫌な思い出しかない。 「3年前、結婚して初めてのバーベキューのとき、私はお肉を一切れも食べられませんでした」 「そうだったかしら」 「その次は、買い出しに行かされている間に終わってしまって、誰もいませんでした」 「そんなことあった?」 「その次は、私の服に火がついて、軽い火傷をしました」 「あれは火の粉が飛んだだけでしょう?」 「いいえ、お母さんがチャッカマンで私の服と間違えたあと、笑ってらっしゃいました。覚えてます」 「そんな昔のことをいつまでも」 「1年前のことです。警察に行かなかったのは、夫の仕事が大事な時期で、影響が出ないように配慮しただけです」 「昔話はいいから、来なさいよ。親戚もあなたに会いたがってるわ」 「遠慮します」 「妊婦のあなたに、危険なことをするわけがないでしょう」 「そこを信用できないから、参加したくないんです」 「あんたはうちの嫁でしょ。我が家にとってバーベキューは一大イベントなの」 「私、あれはやめたほうがいいと思います」 「はあ?」 「前回、ご近所さんが怒鳴り込んできたじゃないですか。『うるせえ!』って」 「あんな変人の言うことなんて、聞くことないのよ」 「住宅街のど真ん中でバーベキューをして大騒ぎするのは、どうかと思うんですが」 「あんたはうちの伝統を知らないから、そんなこと言うのよ」 「そうですか。では、伝統を守るべく頑張ってください」 「人ごとじゃないのよ。あんたも来なさい」 「何度お断りしたら分かっていただけるんですか?」 「どうしても来てほしい理由があるの」 「なんですか?」 「夫の父、つまり義父が末期がんなのよ」 私は一瞬、言葉を失った。 「おじい様が…」 「もしかしたら、あんたの出産に間に合わないかもしれないの」 「それは…知りませんでした」 「大きなお腹だけでも見せてあげてほしいの。お願い」 「おじい様には、よくしていただきましたし…そういうことでしたら、伺います」 「本当?」 「長時間は無理かもしれませんが」 「それでいいわ。あんたは何もしなくていいから」 「最初からそう言ってくださればよかったのに」 「義父は自分の病気のことを伏せたいらしいのよ」 「そうなんですか」 「だから、あってもそういう話はしないであげて」 「分かりました。夫のスケジュールも確認します」 「息子は連れてこないで」 「なぜですか? おじい様も、私よりは孫に会いたいのでは?」 「あの2人は馬が合わないのよ」 「そんな話、聞いたことないんですが」 「平日の16時だし、どうせ仕事でしょ」 … Read more

27 September 2026

「お姉さん、よく連絡してこれましたね」——その一言から、私の日常は音を立てて崩れ始めた。三年前、私が妊娠中だった頃、姉は私のお腹を蹴った。そのせいで私は倒れ、破水し、救急車で運ばれた。ユアは未熟児で生まれ、しばらく保育器の中で生きていた。あの日の恐怖は、今も私の胸に深く突き刺さったままだ。それなのに姉は「謝れば済むでしょ」「水に流しなさいよ」と、まるで私が悪いかのように言い放った。挙げ句の果…

リカ、久しぶり。元気にしてた? お姉さん、よく連絡してこれましたね。 何よ、まだ昔のこと根に持ってるの? 散々嫁いびりしたのは悪かったって謝ってるでしょ。 謝れば済むと思ってるんですか? 私が妊娠中だった時に蹴ったのはお姉さんですよ。 だから、ごめんって言ってるんだって。もう三年以上前の話でしょ。水に流しなさいよ。 無理です。 なんでよ。ユアが無事に生まれたから良かったものの、最悪のケースだってありえたんです。私、あの日のこと忘れたことないから。 はいはい、その話ね。当時散々言われたわよ、もう耳にタコだって。 蹴られて転んで、すぐに破水して、救急車で運ばれたんです。お姉さんのせいで。 らしいね。私はね、お母さんたちに速攻で家追い出されたから、あんまり覚えてないけど。 本当に反省してないんですね。 反省も何も、あれから私は別の場所でやってきたんだから。で、まあ、それは置いといてさ。 何なんですか、突然。 いや、実はさ、今住んでる家を出なきゃいけなくなったんだよ。だから、三ヶ月くらいでいいから、私を住ませてくれない? は? 本気で何言ってるんですか? 今の話、聞いてました? 聞いてたよ。聞いた上でお願いしてるの。 嫌に決まってます。 はあ。なんでよ。 さっき言ったことが全てです。あなたみたいな乱暴な人、今度はユアに何をするか分かったもんじゃない。 それはないって。ユアは何もされないわよ。それに、もうユアって三歳でしょ。大きくなったじゃん。 お姉さんには関係ありません。 うちのレオ、今小学四年生なんだけど、ユアの面倒とかちゃんと見てくれると思うよ。 だから何なんですか、それは。 あのさ、レオも家をなくすんだよ。レオ、あんたに懐いてたでしょ。かわいそうと思わないの? そもそも、どうして家に住めなくなるなんてことになったんです? 家賃を三ヶ月も払わなかったから、大家さんにぶち切られてさ。 はあ? 嘘ですよね。 いや、マジ。来月末までに出て行けって言われちゃった。私も仕事がうまくいかなくてさ、貯金も底をついてたんだよ。 呆れて言葉も出ませんよ。…レオ君が不憫でなりませんね。 そのレオが、家なしになってもいいわけ? ほら、あんた、昔うちの実家で一緒に暮らしてたじゃん。レオが小さかった時、よく遊んでくれたでしょ。 それは、確かにレオ君のことはかわいそうだと思いますけど。 じゃあ決まりね。とりあえず、レオだけ先に預かっておいて。私はこれから彼氏と一週間くらい旅行に行くから。 は? 旅行? 家賃を滞納してたんでしょ。どこにそんなお金があるんですか? 私にはね、ちょっとした財布がいるのよ。お願いすれば出してくれる人が。 意味が分からないんですけど。 分かんなくても大丈夫。旅行から帰ったら、そっちに引っ越すわ。じゃ、よろしく。 ちょっと待ってください。私は了承してませんけど。 お姉さん、聞いてます? ええ、聞いてるわよ。でも、お願いは聞かないって決めてるから。 じゃあ、レオが可哀想って言ったの、嘘だったんだ。 そんな言い方、ないだろ。 レオは今、学校から帰ってきて、宿題してるわよ。おばさん、かわいい子なのに、家がなくなるって言ったら、しゅんとしてたよ。 レオ君は…。 とにかく、あんたはあたしの言う通りにしなさい。旅行から帰ったら、ユアにもレオにも会わせてよ。 翌日のことだ。 レオ君、今日の晩ご飯、何がいい? 大和が仕事から帰ってきて、リカの手伝いをしながら聞いた。ユアはリビングのテーブルで宿題をしている。 … Read more

27 September 2026